レーザー凝固術の急性期を乗り越え、徐々にベットアップが出来るようになった。雪崩れのように入って来た医師集団の数も減り、医師に笑顔も見られるようになった・・・余裕な表情というか??私はベットアップ30度くらいで食事をした。先生達は笑顔で去って行った。私も笑顔で食べていた。パパが面会に来た。「何だ??」お布団の上にふりかけやら、沢山こぼし放題だった・・・・先生達の笑顔はそんな光景を笑っていたのかもしれない・・・・言ってくれればいいのに。とにかく安静安静!!!だから、私も頑張るしかなかった。破水しませんように・・・祈るばかりだった。看護師が長くて太くてしっかりした棒をくれた。この棒でなんでも出来た・・・ナースコールを押すことも・・・オーバーテーブルをどけたり、テレビを近づけたりどけたり。この棒は後に「こども医療センター」に戻り帝王切開後の立ち上がりの時に非常に役立った・・・バルーンも抜け随分楽になった。1週間だったか・・・4人部屋に移動できた。そこで出会った仲間が最高の仲間であった。私は「胎児診療科」であった。周産期センターなので、様々な理由で頑張っているママ達ばかりだった。お腹の「赤ちゃん」を守るために長い入院生活や点滴を余儀なくされている。それでも、時には弱音も吐きながらも必死だった。そして、今もこのメンバー・・・・ずっと続いています。年賀状で成長を見て嬉しくてたまらない。当時の頑張りを知ってるから。「成育医療センター」には看護師の中に「アロマセラピスト」がいて毎日清拭のお湯に「アロマオイル」を入れてくれる。毎日シャワーに入れなかった。でも、この「アロマオイル」を選ぶのが楽しみだった。4人で「今日はどうする??」ってね。それぞれの時間になるとカーテンの向こうから湯気と共にいい匂いがした。沢山のお湯でボディシャンプーを体に付けてゴシゴシ。シャワーは浴びてないがスッキリ感があった。最後に足浴なんかしちゃって。お風呂に入った気分だ。ちなみに「こども医療センター」は毎日シャワーが入れた。点滴をしながら入れた・・・まあ、これは医師の考え方の違いかしら。ご飯は自分で選べた。これがとても美味しかった!そして、毎日、「胎児診療科」の医師達が会いに来てくれた。いつも団体行動・・・不思議だ。途中、かっちゃんの羊水が再び増え始めた。理由がわからなかった。事例がないという・・・ただ、たっちゃんの羊水は保たれているから、様子見ると。そんなことがあったからか??お腹が張ってしまい、マグセントが再開されてしまった。「ガーーーーン」みんなに「当分話せなくなる」と宣言した通り、薬が効き始めたら、だるすぎて話せなくなってしまった。大嫌い!!マグセント!!だから、ウテメリン4A30ml/hってマックス量だが、私は全然平気だった。マグセントがきつかった。目標の28週を超えてくると、だんだん「こども医療センター」に帰りたくなった。主治医の「林先生」にワガママ言った。優しい先生は「こども医療センター」の石川先生と調整してくれた。おそらく、NICUとの調整も必要だっただろう。双胎間輸血症候群の「受血児」と「供血児」の管理をしなくてはならないから。ベットを二つ確保しなくてはならないし。そして30週に入った時に石川先生が「こども医療センター」の救急車で病室までお迎えに来てくれた。泣きたかった。仲間との別れと石川先生に会えた喜びと・・・・「先生!二人とも生きてるよ・・・・」って。