私が今から書く事は、いかに教育が大切なのか。今の教育のあり方を、旦那の話を例に進めていこうと思います。
旦那は、視覚障害者である。旦那は視覚障害者専用の寮に、3歳から預けられていた。週末や長期の休みに、自宅へ帰る生活をしていた。
旦那が9歳の頃、父親が浮気をして、週末自宅へ帰れない時期があったそうだ。その日は、突然来た。
毎週父親か母親が迎えに来ていたのに、いきなり大人の事情で自宅に帰れないと言われたのだ。旦那はカチンときて、俺の家なのに帰れないってどういう事だよと言った。旦那は、ゲームが好きだ。まずゲームの心配をしたが、幼い弟が自宅にいる。弟と一緒に遊ぼうと思ったのに、弟はどうしているんだ?旦那と義弟は、今も仲が良い。私が一時期嫉妬するくらい、仲が良いのだ。義弟の良き理解者である旦那との絆は、とても深い。旦那は弟を、舎弟という。同じ釜の飯を食べて、苦楽を共にした戦友でもある。そんな弟が、可愛いと言っていた。自宅にいる祖父母の事も、心配していた。
そして、父親に浮気を問い詰めた。ここで既に9歳がする事ではない事を、旦那はしている。
話を続けよう。父親は、子供が大人の事に首を突っ込むなと言った。ここは、私も旦那と同じ考えだ。その大人が子供を大人の事情に巻き込んだくせに、随分と勝手な事を言うと思った。カチンときた旦那はこう言った。「あの家はアンタの家かもしれないが、俺の家でもあるんだ。過去の栄光ばかり自慢してないで、早く帰れるように何とかしろ。家族に頭を下げろ」
9歳の子供が言うには、余りにも大人びた事を言われて、父親は負けた気がしたのが許せなかったのだろう。父親は旦那を殴ったが、殴られても旦那は言った。
凄い逆転親子である。父親のが子供で、子供のが父親らしいのだ。父親は過去の栄光に縋り付き、自分にとって都合の良い事から目を背ける、言わば負け組だ。旦那は社会的には弱者かもしれないが、健常者と同じ土俵で仕事をし、自分の稼ぎで家族を養っている。旦那は、勝ち組だ。
普通、男の子は父親に似る。旦那も父親に似てもおかしくないのに、旦那は父親を完全に反面教師にしている。父親とは、真逆なのだ。
おかしい。否、おかしくないのかもしれない。
旦那は幼少の頃から、寮で徹底的に管理された規則正しい生活をしていた。朝は6時起床、起床後点呼等、まるで軍隊並みに規律正しい。そこへ来て、母親を始めとした周囲の徹底的な教育である。例えば、勉強。今もそのようだが、視覚障害者用の塾はない。塾に行けない代わりに、主に母親が点字を含む勉強の面倒を見た。その勉強も半端ではない。字を間違えたり汚くて読めなければ、一カ所につき10回やり直し。勿論、親も付き合う。決して、放置したい。日記も毎日書かせ、読書は本人が好きなので年間50冊くらい読んでいた。母親は、父親にも勉強の面倒を見させた。祖父は、盲人用のそろばんを教えた。祖母を始めとした親戚の元軍人だったお爺ちゃんに、戦争を含む歴史等を旦那に教えた。ピアノも、習っていた。躾は主に両親がやり、場合によっては祖父母がやる事もある。彼らの躾は、とても厳しい。
こう考えると、旦那は躾から勉強に至るまで、徹底的に管理された英才教育を受けてきたのだ。凄いの一言に尽きる。普通、ここまで出来ない。旦那一人育てるのに、寮や学校の先生、ピアノの先生、母親に申し訳程度に父親、祖父母、親戚も何十人といる。一体、何人の大人が旦那に関わってきたか分からないくらいだ。自然と旦那の資質は磨かれる。
ムカつくから言わないけど、旦那は私より勉強出来るし、音楽も出来るし、どんな話題でも、研究職の人と渡り合えるくらい、実は出来る人なんだよ。普段はクマのくせに。口喧嘩は、私に買った事ないくせに。きーっ!!生意気よ!
…話が脱線しました。勉強は金を出せば、いくらでも出来る。しかし、躾を始めとした人育てという名の教育は、金で買えるものじゃない。今の親は何でも金で解決しようとするのが、本当に多くなった。
親が教育を放棄したから、社会はこんなに乱れたのだ。親に社長だの何だのと肩書きは存在しないのに、家庭でも職場と同じように振る舞っていないだろうか?家庭に戻れば、親であり、人間なのだ。貴賎などないのだ。
今こそ、心を育てる教育を!誰でも、育ての親にはなれる。大人達が人として恥ずかしい事をしない、人として恥ずかしい事を勉強すれば、法律での規制を厳しくする必要もなくなる。人として成熟した社会では、お互い注意し合ったり助け合う事が当たり前なので、国民がお互いを監視する必要がないのだ。それだけで、随分生き易くなる。
世の中を生き難くしているのは、歪んだ教育という名の洗脳だ。洗脳教育は、個性や自立心を抹殺する殺人兵器だ。そんな事をして、誰が得をするのか?皆さんは、考えた事があるだろうか?真の勉強とは、学校の知識を詰め込むだけの勉強ではない。そういう目を育て、人としてのレベルアップを図る事こそ、本当の勉強なのだ。
だから、人として正しい事を先ず大人が勉強し、教えてあげよう。それが、私が考える教育である。終わり。
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人間には、意志がある。それを口に出せない奴は、人形と同じだ。
馬鹿息子にそう説教をした訳だが、私が落ち込んでいる。
余談ではあるが、ここで落ち込まない母親は、今はしていなくとも、いつか虐待する。自分以外の事で落ち込むのは、ストレスだ。それが許せない自分勝手な親は、子供でストレス発散する。それが虐待なのだ。自分が子供の頃染髪が出来なかったから、子供に染髪するのも、自分の望みを叶えられなかったストレスを子供にぶつけているだけにすぎない。よって、これも虐待である。
馬鹿息子は、自分の考えを口にした事がない。それは何故か?虐待を受けたからだ。こう言うと殴られる、施設に入れられるという恐怖が勝って、言えないようだ。
それと、自分の代わりなんていくらでもいると思っているようだ。
そんな事、私が知るか。以前は自分の考えを口にする事が許されなかったのに、いきなり言っていいよと言われて混乱するのも分かる。私もそうだった。だけど、言わない事とは関係ない。自分と闘った事がない奴が言うと、隠れ蓑になるだけだ。
非常に腹が立つ。甘ったれるな。馬鹿息子を一人の人間として見てくれる人達を、馬鹿にしている。何が思春期だ。ぶつけてこいよ。私と旦那は、そんなに頼りないのだろうか?と思ったが、多分それは違う。
幼児期に間違ったコミュニケーション法を学習したから。私以外の人が、馬鹿息子の話をちゃんと聞かなかった。自分を受け止めて貰えたという安心感がないので、自分という存在が曖昧かつ不安定なのだ。
だから、なるべく私達は馬鹿息子とコミュニケーションを取るよう努めて馬鹿息子の居場所作りをしているが、赤ちゃんである妹から、母親を奪っている状態だ。構ってちゃんなのである。
娘が泣けば、抱いて解決しようとする。娘は、人形ではない。人間である。望みがある。しかし、娘の望みと馬鹿息子が与えるものが違う。望みは叶わない。娘もそれがストレスだったようで、昨日の真夜中に突然起きて、物凄い夜泣きをした。疳の虫が出たのだ。見ていられなかった。本当に辛そうに泣いていたから。何も出来ない事が、とても悔しかった…。
馬鹿息子は、何の理由もなしに母親(との暮らし)を奪われた。だから奪わないと、母親と一緒にいられないと思っている。そんな事しなくても、母親はいるのに…と、普通は思う。しかし、間違った事を教えられると、それが普通になってしまう。それが虐待の恐ろしいところだ。
馬鹿息子は、いつも心の中で泣いている。私には分かる。だけど、中々気付けないんだよね。私もそうだった。涙で視界が悪いから、自分を大切にしてくれる人達が泣いている事が、馬鹿息子は分からない。
そろそろ泣くだけの生活は、辞めて貰う。泣いている暇はない。馬鹿息子には誰よりも幸せになって貰わないと、私が困るんだよ。安心して、一人暮らししろと言って追い出せない。馬鹿息子を真っ当な人間に育てるのが、私の目標なんだ。それには、あの泣きべそは邪魔である。私の邪魔をする奴は、誰であろうと許さない。
そんな訳で、馬鹿息子と闘おうと思う。畜生!と言って私に向かってきたら、馬鹿息子の勝ちだ。
父親ではなく、何故母親である私なのか?それは私が虐待に打ち勝ち、過去を乗り越えた、馬鹿息子が目指すべき目標なのが一つ目。
私はあの時、息子を守りきれずに息子の人生に汚点を残した。絶対守ると言ったのに、私は約束を破ったのが二つ目。
私と馬鹿息子は、虐待被害者という共通点がある。私に自分を重ねさせる事で、自分と闘わせようというのが三つ目にして、最大の目的である。
面倒臭いが、人育てに手間を惜しむようでは、親と言えない。本当に面倒な事は旦那に任せて、私は馬鹿息子を蝿叩きみたいな要領で、精神的にぶちのめす。私を散々泣かせた事を、後悔させてやるのだ。ワハハ!
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馬鹿息子にそう説教をした訳だが、私が落ち込んでいる。
余談ではあるが、ここで落ち込まない母親は、今はしていなくとも、いつか虐待する。自分以外の事で落ち込むのは、ストレスだ。それが許せない自分勝手な親は、子供でストレス発散する。それが虐待なのだ。自分が子供の頃染髪が出来なかったから、子供に染髪するのも、自分の望みを叶えられなかったストレスを子供にぶつけているだけにすぎない。よって、これも虐待である。
馬鹿息子は、自分の考えを口にした事がない。それは何故か?虐待を受けたからだ。こう言うと殴られる、施設に入れられるという恐怖が勝って、言えないようだ。
それと、自分の代わりなんていくらでもいると思っているようだ。
そんな事、私が知るか。以前は自分の考えを口にする事が許されなかったのに、いきなり言っていいよと言われて混乱するのも分かる。私もそうだった。だけど、言わない事とは関係ない。自分と闘った事がない奴が言うと、隠れ蓑になるだけだ。
非常に腹が立つ。甘ったれるな。馬鹿息子を一人の人間として見てくれる人達を、馬鹿にしている。何が思春期だ。ぶつけてこいよ。私と旦那は、そんなに頼りないのだろうか?と思ったが、多分それは違う。
幼児期に間違ったコミュニケーション法を学習したから。私以外の人が、馬鹿息子の話をちゃんと聞かなかった。自分を受け止めて貰えたという安心感がないので、自分という存在が曖昧かつ不安定なのだ。
だから、なるべく私達は馬鹿息子とコミュニケーションを取るよう努めて馬鹿息子の居場所作りをしているが、赤ちゃんである妹から、母親を奪っている状態だ。構ってちゃんなのである。
娘が泣けば、抱いて解決しようとする。娘は、人形ではない。人間である。望みがある。しかし、娘の望みと馬鹿息子が与えるものが違う。望みは叶わない。娘もそれがストレスだったようで、昨日の真夜中に突然起きて、物凄い夜泣きをした。疳の虫が出たのだ。見ていられなかった。本当に辛そうに泣いていたから。何も出来ない事が、とても悔しかった…。
馬鹿息子は、何の理由もなしに母親(との暮らし)を奪われた。だから奪わないと、母親と一緒にいられないと思っている。そんな事しなくても、母親はいるのに…と、普通は思う。しかし、間違った事を教えられると、それが普通になってしまう。それが虐待の恐ろしいところだ。
馬鹿息子は、いつも心の中で泣いている。私には分かる。だけど、中々気付けないんだよね。私もそうだった。涙で視界が悪いから、自分を大切にしてくれる人達が泣いている事が、馬鹿息子は分からない。
そろそろ泣くだけの生活は、辞めて貰う。泣いている暇はない。馬鹿息子には誰よりも幸せになって貰わないと、私が困るんだよ。安心して、一人暮らししろと言って追い出せない。馬鹿息子を真っ当な人間に育てるのが、私の目標なんだ。それには、あの泣きべそは邪魔である。私の邪魔をする奴は、誰であろうと許さない。
そんな訳で、馬鹿息子と闘おうと思う。畜生!と言って私に向かってきたら、馬鹿息子の勝ちだ。
父親ではなく、何故母親である私なのか?それは私が虐待に打ち勝ち、過去を乗り越えた、馬鹿息子が目指すべき目標なのが一つ目。
私はあの時、息子を守りきれずに息子の人生に汚点を残した。絶対守ると言ったのに、私は約束を破ったのが二つ目。
私と馬鹿息子は、虐待被害者という共通点がある。私に自分を重ねさせる事で、自分と闘わせようというのが三つ目にして、最大の目的である。
面倒臭いが、人育てに手間を惜しむようでは、親と言えない。本当に面倒な事は旦那に任せて、私は馬鹿息子を蝿叩きみたいな要領で、精神的にぶちのめす。私を散々泣かせた事を、後悔させてやるのだ。ワハハ!
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明日、形成手術を控えている。珍しく、ちょっとクヨクヨしている。
形成手術は、出来た傷痕を始めからなかったようにする手術ではない。あくまで傷痕を目立たなくする程度だ。そして、傷痕の状態によって、治療法が異なる。
私は範囲が広すぎたのと、傷痕部分の皮膚が硬すぎたせいで、傷痕部分の皮膚を削り、正常な皮膚で縫い合わせて傷の幅を縮める手術を数回に分けてする事になった。
新たに傷を作る事になる為、その傷痕が赤くなって、余計目立つかもしれない。綺麗になるかならないかは、賭けなのだ。
そもそも体質で、痕が残り易い人とそうでない人がいる。傷痕の形状で瘢痕、ケロイド、肥厚性瘢痕に分ける事が出来る。因みに私は、瘢痕であると医師に告げられた。
問題は、術後だ。傷痕部分に水が掛からなければ、入浴も可能だ。しかし膿んだりすると、縫合部分が綺麗にならない可能性がある。
日常生活は可能だが、縫合部分がくっつくまで重たい物を持つのは、控えた方がいいと言われた。
数ヶ月くらいは、縫合部分は日光に当ててはならないとも言われた。
誠に不便である。安易にリスカする人もいるが、周りの人の気持ちを考えた事があるだろうか?自分を傷付ける姿を見て、喜ぶ人はいない。自分だけを傷付けているつもりだろうけど、貴方を大切に思う人達の心も抉っているんだよ。それを喜ぶ人は、人間ではない。人間の皮を被った悪魔だ。
よく考えて欲しい。自分を大切にしてくれる人なんていないと思うかもしれない。私も以前はそう信じて疑わなかったが、私を大切にしてくれる人が現れた。人生何が起こるか分からないものだ。
それが旦那だけど、私の傷痕を優しく触りながら、泣いていた。何故私がこんなにも傷付かなければならないのかと言いながら。人前で滅多に泣く人じゃないのに、泣いてくれた。まるで、自分の事のように泣いてくれた。嬉しかったけど、悲しかった。私は彼の心を傷付けていた事に気が付いた。
傷付けたのは、旦那だけではなかった。息子も、そうだった。この傷痕のせいで、息子は苛められたのだ…。それが一番辛かった。私のせいではないけど、つまらない事で息子を苛めて喜ぶ奴に制御出来ない程の怒りを感じた。それが傷痕を治そうと思ったきっかけだった。今までその勇気が出なかった自分が、とても情けなくて赦せならかった。その勇気のなさが、私の大切な人に達を傷付ける事になったのだから。
理不尽な事に対する怒りは、自分にぶつけるものではない。それは大切な人をも傷付ける、諸刃の剣だ。ぶつける相手を間違えなければ、怒る事は悪い事ではないんだ。それを教えてくれたのは、私の大切な人達だった。
リスカが辞められない人達へ。
切りたくなったら、大切な人達の顔を思い浮かべて欲しい。自分を傷付ける事は、勇気ではない。本当に勇気ある人は、理不尽な事に対して闘える人なんだ。どんな理由があるにせよ、理不尽な事をする奴が一番悪い。全て自分のせいにする事は、理不尽な事をする奴らと同じ考え方だよ。全部誰かのせいにするのは楽だ。その対象が他人か自分なのかという違いだけ。
私と同じ後悔や悲しみを背負う人が、一人でも少なくなる事を願って書きました。それでは、明日の為に寝ます。おやすみなさい。
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形成手術は、出来た傷痕を始めからなかったようにする手術ではない。あくまで傷痕を目立たなくする程度だ。そして、傷痕の状態によって、治療法が異なる。
私は範囲が広すぎたのと、傷痕部分の皮膚が硬すぎたせいで、傷痕部分の皮膚を削り、正常な皮膚で縫い合わせて傷の幅を縮める手術を数回に分けてする事になった。
新たに傷を作る事になる為、その傷痕が赤くなって、余計目立つかもしれない。綺麗になるかならないかは、賭けなのだ。
そもそも体質で、痕が残り易い人とそうでない人がいる。傷痕の形状で瘢痕、ケロイド、肥厚性瘢痕に分ける事が出来る。因みに私は、瘢痕であると医師に告げられた。
問題は、術後だ。傷痕部分に水が掛からなければ、入浴も可能だ。しかし膿んだりすると、縫合部分が綺麗にならない可能性がある。
日常生活は可能だが、縫合部分がくっつくまで重たい物を持つのは、控えた方がいいと言われた。
数ヶ月くらいは、縫合部分は日光に当ててはならないとも言われた。
誠に不便である。安易にリスカする人もいるが、周りの人の気持ちを考えた事があるだろうか?自分を傷付ける姿を見て、喜ぶ人はいない。自分だけを傷付けているつもりだろうけど、貴方を大切に思う人達の心も抉っているんだよ。それを喜ぶ人は、人間ではない。人間の皮を被った悪魔だ。
よく考えて欲しい。自分を大切にしてくれる人なんていないと思うかもしれない。私も以前はそう信じて疑わなかったが、私を大切にしてくれる人が現れた。人生何が起こるか分からないものだ。
それが旦那だけど、私の傷痕を優しく触りながら、泣いていた。何故私がこんなにも傷付かなければならないのかと言いながら。人前で滅多に泣く人じゃないのに、泣いてくれた。まるで、自分の事のように泣いてくれた。嬉しかったけど、悲しかった。私は彼の心を傷付けていた事に気が付いた。
傷付けたのは、旦那だけではなかった。息子も、そうだった。この傷痕のせいで、息子は苛められたのだ…。それが一番辛かった。私のせいではないけど、つまらない事で息子を苛めて喜ぶ奴に制御出来ない程の怒りを感じた。それが傷痕を治そうと思ったきっかけだった。今までその勇気が出なかった自分が、とても情けなくて赦せならかった。その勇気のなさが、私の大切な人に達を傷付ける事になったのだから。
理不尽な事に対する怒りは、自分にぶつけるものではない。それは大切な人をも傷付ける、諸刃の剣だ。ぶつける相手を間違えなければ、怒る事は悪い事ではないんだ。それを教えてくれたのは、私の大切な人達だった。
リスカが辞められない人達へ。
切りたくなったら、大切な人達の顔を思い浮かべて欲しい。自分を傷付ける事は、勇気ではない。本当に勇気ある人は、理不尽な事に対して闘える人なんだ。どんな理由があるにせよ、理不尽な事をする奴が一番悪い。全て自分のせいにする事は、理不尽な事をする奴らと同じ考え方だよ。全部誰かのせいにするのは楽だ。その対象が他人か自分なのかという違いだけ。
私と同じ後悔や悲しみを背負う人が、一人でも少なくなる事を願って書きました。それでは、明日の為に寝ます。おやすみなさい。
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