人間には、意志がある。それを口に出せない奴は、人形と同じだ。
馬鹿息子にそう説教をした訳だが、私が落ち込んでいる。
余談ではあるが、ここで落ち込まない母親は、今はしていなくとも、いつか虐待する。自分以外の事で落ち込むのは、ストレスだ。それが許せない自分勝手な親は、子供でストレス発散する。それが虐待なのだ。自分が子供の頃染髪が出来なかったから、子供に染髪するのも、自分の望みを叶えられなかったストレスを子供にぶつけているだけにすぎない。よって、これも虐待である。
馬鹿息子は、自分の考えを口にした事がない。それは何故か?虐待を受けたからだ。こう言うと殴られる、施設に入れられるという恐怖が勝って、言えないようだ。
それと、自分の代わりなんていくらでもいると思っているようだ。
そんな事、私が知るか。以前は自分の考えを口にする事が許されなかったのに、いきなり言っていいよと言われて混乱するのも分かる。私もそうだった。だけど、言わない事とは関係ない。自分と闘った事がない奴が言うと、隠れ蓑になるだけだ。
非常に腹が立つ。甘ったれるな。馬鹿息子を一人の人間として見てくれる人達を、馬鹿にしている。何が思春期だ。ぶつけてこいよ。私と旦那は、そんなに頼りないのだろうか?と思ったが、多分それは違う。
幼児期に間違ったコミュニケーション法を学習したから。私以外の人が、馬鹿息子の話をちゃんと聞かなかった。自分を受け止めて貰えたという安心感がないので、自分という存在が曖昧かつ不安定なのだ。
だから、なるべく私達は馬鹿息子とコミュニケーションを取るよう努めて馬鹿息子の居場所作りをしているが、赤ちゃんである妹から、母親を奪っている状態だ。構ってちゃんなのである。
娘が泣けば、抱いて解決しようとする。娘は、人形ではない。人間である。望みがある。しかし、娘の望みと馬鹿息子が与えるものが違う。望みは叶わない。娘もそれがストレスだったようで、昨日の真夜中に突然起きて、物凄い夜泣きをした。疳の虫が出たのだ。見ていられなかった。本当に辛そうに泣いていたから。何も出来ない事が、とても悔しかった…。
馬鹿息子は、何の理由もなしに母親(との暮らし)を奪われた。だから奪わないと、母親と一緒にいられないと思っている。そんな事しなくても、母親はいるのに…と、普通は思う。しかし、間違った事を教えられると、それが普通になってしまう。それが虐待の恐ろしいところだ。
馬鹿息子は、いつも心の中で泣いている。私には分かる。だけど、中々気付けないんだよね。私もそうだった。涙で視界が悪いから、自分を大切にしてくれる人達が泣いている事が、馬鹿息子は分からない。
そろそろ泣くだけの生活は、辞めて貰う。泣いている暇はない。馬鹿息子には誰よりも幸せになって貰わないと、私が困るんだよ。安心して、一人暮らししろと言って追い出せない。馬鹿息子を真っ当な人間に育てるのが、私の目標なんだ。それには、あの泣きべそは邪魔である。私の邪魔をする奴は、誰であろうと許さない。
そんな訳で、馬鹿息子と闘おうと思う。畜生!と言って私に向かってきたら、馬鹿息子の勝ちだ。
父親ではなく、何故母親である私なのか?それは私が虐待に打ち勝ち、過去を乗り越えた、馬鹿息子が目指すべき目標なのが一つ目。
私はあの時、息子を守りきれずに息子の人生に汚点を残した。絶対守ると言ったのに、私は約束を破ったのが二つ目。
私と馬鹿息子は、虐待被害者という共通点がある。私に自分を重ねさせる事で、自分と闘わせようというのが三つ目にして、最大の目的である。
面倒臭いが、人育てに手間を惜しむようでは、親と言えない。本当に面倒な事は旦那に任せて、私は馬鹿息子を蝿叩きみたいな要領で、精神的にぶちのめす。私を散々泣かせた事を、後悔させてやるのだ。ワハハ!
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