最近、路上生活者の70%に軽度の知的障害や発達障害を認めたというデータが発表された。
実際私のところにも、市に保護された路上生活者が受診し発達障害が発覚するケースが非常に多い。
現代の福祉大国日本で、普通に両親が居て、戸籍や住民票があれば、自己破産や生活保護などのシステムもある訳だから、よほどのことがない限り路上生活にはならないはずである。何故このようなケースが多いのだろうか?
路上生活者になった発達障害の多くは義務教育中の不登校から始まり、中には成人になるまで家の中で引きこもり、社会性を学べばない環境で育つことが多い。
家がある程度の資産家であれば、両親の生きている間は生活していけるのだが、両親が亡くなったり、失踪したりすると無理やりに社会適応しなければならなくなるのだ。
未成年の場合は児童福祉施設などに預けられ、運が良ければそこで発達障害を見つけ、職業訓練所などに繋げることが出来るのだが、成人(特に男性)の場合はそうはいかない。
今まで経験したことのない社会に放り出され、コミュニケーション能力や学歴も経験も無い為、まずは皿洗いや清掃員、接客業などの簡単なアルバイトに就くことが多いが、先にも書いた彼らの性格特性を生かした仕事に就けず、良き理解者がいない環境では、人間関係がうまくいかず、仕事でもミスばかり繰り返し、劣等感だけが大きくなるのだ。
それでも何とか周囲とうまくやろうと、必死に職を探し転々とするも年を重ねるごとに再就職が難しくなり、結局最後には職に就けなくなり、生活保護を申請することが多い。
そういう中には福祉や社会の仕組みを知らずに簡単に人に騙されたり、身を滅ぼすギャンブルに嵌ったり、社会に対する怒りや感情の起伏から暴力団に入り犯罪に走ったり、自己管理が出来ずに路上生活を余儀なくされているケースが非常に多いのだ。
先にも書いたが元々発達障害の患者は生真面目で素直で言われたことを真に受け、人間としては非常に魅力がある。
一方周囲からは変わり者と見られており、場の雰囲気も読めず、人を疑わず、柔軟な考え方を持てず、後先考えない頑固者であるため、困った時にも助けを呼ぶことが出来ない。
この思考は成人になって年齢を重ね
るごとに固執し、どんどん融通が利かなくなって行き、福祉を介入しようとしても本人が拒否をしてしまうのである。
可能であれば大人になる前、社会に出る前、不登校や引きこもりをしている幼少期、思春期の頃に医療や福祉が彼らの特性を見逃さず「発達障害」を見抜くことが非常に大事である。
彼らに合った教育と社会適応の仕方を提供できれば、一般人と競う必要もなく、彼らなりの社会適応の仕方を見出し、場合によっては障害者手帳を取得し、職業訓練所の利用や障害者枠での就労も可能なのである。