子育ては親育て | um gereizt zu werden

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体罰はしつけではない 「叩く・怒鳴るはマイナス」と専門家


子持ち妊婦で旦那は視覚障害者、息子は発達障害児な自分が通りますよっと。

子育てに向き・不向きなんてあるか。馬鹿じゃないの?

向いてなければ生まなければいい、結婚しなくていい。

そんな単純な理由で家庭や社会が成り立つなら、誰も苦労しない。

もし生まれた子供が障害児だったら、親はそれを言い訳に"私は子育てに向いてません"て言って、逃げるの?

義父は生まれたばかりの旦那が視覚障害児だと知ると「こんな状態で育てられる訳がない。線路に捨ててこよう」みたいな事を言ったそうだ。

そしたら親戚の叔父さんが義父の顔をグーで殴って「そんな事言うもんじゃない。見えてようが見えてなかろうが、お前らの子供だ。この子は見えないだけで正常だから。だから最後まで責任を持って育てろ!!目が見えない事にも意味があるんだろ。子供はその夫婦にしか育てられない子供になっているんだ。見えなくても乳欲しがって泣いてるんだから、大丈夫だ。もし育てられないと言うなら俺の目の前でその子を殺して、警察に行け!」て言ったそうな。

義父が殴られたのも、そんな事考える頭と口が悪い。だから、殴られた。

旦那はその叔父さんに自分の命を拾ってくれた恩人として、今も尊敬している。

それで目が覚めたのだろう、旦那を立派に育ててくれた。

だが旦那を立派に育ててくれたのは、義母だが。

どんな親でも、最初から全てを覚悟出来る訳じゃない。

この世に生まれて生きる以上、リスクは生じる。

そのリスクを乗り越えるには"覚悟"と"責任感"が必要不可欠だ。

覚悟も責任感も最初から備わっている訳ではない。

何かを任されて、その責任を果たす事が出来なかった。その積み重ねが覚悟と責任感を育てるのだ。

例えば、皿洗いのお手伝い。我が家では息子の仕事になっている。

言わないと洗わない。自然に溜まる。

→ご飯作る時間になってもそのまま。

→ご飯が食べられない。自分もお腹が空く。自分が洗うまでご飯が食べられない。

→お父さんやお母さんもご飯が食べられないと、怒られる。

→結局、自分が困る。

という図式が成り立つ。こういう小さな失敗を繰り返して、子供も大人も成長していく。

そこでカップラーメン食べればいいじゃん。とかいう屑は問題外だ。

相手が赤ちゃんだったり病気等でカップラーメン食べられなかったら、どうするの?

こういう屑は"相手をちゃんと見ずに自分の事しか考えない"から、思いやりや何かを慈しむ心が育たない。

そして人から非難されたりすると全部相手のせいにして、横暴極まりない行いを平気でする。

そんな奴が心から愛される訳がない。

それを認めたくないから、更に横暴極まりない行いをする。

心が弱い奴は、自分の失敗や弱さを認められない。

認められないから人のせいにして、殴る・蹴る、暴言を吐く等平気で出来る。

自分さえ良ければ、何をしても良いのだ。

面倒臭ければ子供投げ出したり、向かなければ生まなければいいと言うのだ。

ふざけるのも大概にしろ!

人が人から生まれて育てられた以上、その人もまた人を生み育む責任はある。

生めないなら、育む責任がある。

そうやって人間社会は成り立ってきたのに、それを放棄して自分の都合の悪いところも認めろ・受け入れろなんて、ムシが良すぎるわ!!

こんなのがいるから、虐待は減るどころか無くならないんだ。

恥を知れ!馬鹿共が!!