大きな木の下でのススメ | um gereizt zu werden

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先日の鍵ばあさんで、すっかり児童書にハマりました。

この本も友人からプッシュされました。もしかしたら、学校の推薦図書等で見た人もいらっしゃるかもしれません。

「大きな木の下で」という、今は根絶されたと言われている天然痘という病気の話です。

Wikiで調べてみましたが、本文に出てくる"世界で一番忌まわしい病気"と言われていた事が分かりました。

画像は敢えて上げません。主人公のモモさんのお母さん・ハワウさんは美しい女性だったと思うのだけど、彼は天然痘にかかった自分の母親の容姿を"化け物"と表現しました。それほど迄に天然痘は、忌むべき恐ろしい病だったのでしょう。

物語は大人になったモモさんが、チビ達(恐らく子供)に話すところから始まります。

そこで気になった言葉が"悪魔"でした。

ここでは姿が見えないモノを悪魔と言っています。

それでは悪魔とは、一体何でしょうか?

私は悪魔を"心の弱さ"と捉えました。

人は見えないモノに恐怖します。

悪魔もだけど、神もそうだと思います。神もある意味、恐怖の対象です。

弱さは見えない。病魔という悪魔も見えない。だから人は翻弄される。

時に弱さは、大切な者を傷付ける凶器になります。

天然痘の娘を置いていった女達、その親子を追い出した母親と町人達。

物語の舞台はリベリア、元々この地にはキリストという神はいません。

しかし白人の宣教師や牧師によって、キリスト教の盲信者をリベリアにも作り出してしまうのです。

人は弱く、弱いが故に何かにすがる生き物です。

そこに漬け込むかのように、宗教は人を脆弱化させる。

宗教自体は、悪ではありません。救いになる事もあります。

しかし、"盲信"や"依存"といった弱さが宗教を悪魔にしてしまう。

善を悪に変えてしまう。

しかし、そうでない人もいます。

それが主人公のモモさんのお母さんの、ハワウさんです。

彼女は天然痘にかかったが故に、家族や母親に捨てられた他人の赤ちゃんを引き取り、育てます。

かつて天然痘にかかり失明してしまったモモさんのお祖母さんは、その赤ちゃんを引き取る事に猛反対します。
その赤ちゃんを悪魔と言って、ブッシュの豹に食べさせようとしました。

ハワウさんの姉妹も、何故自分の子供達を危険な目に遭わせられるのか責め立てます。

しかしハワウさんは「分からない、分からない、分からない!」と叫ぶのです。

まるで自分の子供を助けるのに、理由などいるのか?と言っているようでした。

その捨てられた赤ちゃんは、紛れもないハワウさんの子供です。

彼女には自分の子供だとか他人の子供だとか、余り関係ないのかもしれません。

私が泣いたハワウさんの言葉があります。

捨てられた赤ちゃんを悪魔だと言われても、彼女は「ただの赤ちゃん」と言ってのけました。

私も天然痘にかかり実の母親に捨てられた赤ちゃんのように、醜い悪魔のようだと忌み嫌われていました。

そしてそれ以上に、自分を忌み嫌いました。

私は、ハワウさんみたいなお母さんが欲しかった。

病気になっても側にいてくれて、私を愛してくれて、私と一緒に闘ってくれるお母さんが欲しかった。

分け隔てなく慈しんでくれる、大きくて暖かいお母さんが欲しかった。

そして今は思うのです。

ハワウさんみたいなお母さんになりたいと。

ハワウさんの勇気と子供達への愛は、お祖母さんと町人達をも変えます。

ハワウさん一家の為に町人達は手料理や物資を運び、モモさんやお祖母さんを手助けするようになります。

そう、まるで家族のようにハワウさん一家を支えているのです。自分と他人の垣根なくです。

今の日本で、こんな光景は殆ど見られないでしょう。

この地では、地域で子供を育てるのです。

だから母親に捨てられた悲しい子供も、救われたのです。

ハワウさん一人では無理でした。

皆で姿の見えない悪魔と闘ったからこそ、皆救われたのです。

この本は、単なる児童書では括りきれないほど沢山の大切な事を教えてくれました。

絆や人を育てるとはどういう事なのか、人間や親としての誇り等、今の私達が失ってしまった事を教えてくれました。

子供に罪はない、子供を助けるのに理由などいらない。

だってハワウさんも私も、母親だから^^

救われない子供だった私を、ハワウさんというお母さんが助けてくれました。

ハワウお母さん、有難う。