数週間前、中国の友人を家に招待し、今後の英語圏でのビジネスの打ち
合わせをしていたときのこと。
同じアパートに住んでいるインドの友人が私の部屋に入ってきた。
で、三人で色んな雑談をすることになった。
彼は英語があまり得意ではなく、インド特有の「なまり」がある。
中国の友人は英語が得意ではあるが、インド「なまり」には慣れて
おらず、聞き取りにしばしば困難が伴っているようであった。
そこで、彼女はこういった。
「あなたの英語は標準的ではないので、ちょっと聞き取りが
難しいです。」
それまで雑談を楽しんでいたのが、彼女のこの発言から、
インドと中国、どっちが優れているか、といった方向へ
会話が展開していくことになる。
「中国の物価はインドよりもずっと安い。」
「中国とインドが戦争したらどっちが勝つと思う?」
「中国ではバスに乗っている際、ほとんどの人が席を譲らない。」
「私のネックレス、これはゴールド製だ。」
インド人の彼は通常、こんな下らん話をする男ではない。
彼のこのような発言を招くきっかけになったのは、
彼女の「標準的ではない」発言だ。
そもそも、国際的な付き合いでは、「何が標準で、何が標準的でない」
という発言はご法度。
インドは確かに17世紀にイギリスの植民地とされ、
そこから英語が普及しているという背景があるが、
インドは現在独立国であり、英語は第二母国語ともいえ、
すでに独自の英語だということができる。
そうした母国語を、「標準的ではない」といわれれば
誰でも腹が立つ。
そもそも「標準」という言葉は、言い換えると、
「多くの人が使っている」という含みがあるだけで、
「基準」とはならない。
だから、異文化交流で、聞き取れなかった際は、
「もう一度おっしゃってくれませんか」と聴けるだけで、
「標準的ではない」という観点から、言い訳するのは無用のはずだ。
交流とは、相手の話を理解し、それにたいして受け答える、
というのが前提であり、相手の言葉を「方言だ」といって
しまえば、その時点で終わりだ。
何も自分の語学力をひけらかす必要など、微塵もない。
相手を考慮しない語学力のひけらかしなど鼻くそ同然だ。
相手の言葉を「標準的ではない」といってしまえるのは、
「無知」による傲慢さだともいえる。
何もアメリカ英語、イギリス英語が世界「標準」なのではない。
使用人口の数からいえば、インド英語が「標準」であってもいいのだ。
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TV4all http://
これ、いいですね。リスニング練習なんかに。
<使い方>
サイトに入ったら、画面左から国名を選んで、グリーンの100Kとか書いてるボタンをクリックすると、
メディアプレーヤーが立ち上がり動画が開始。
注:開始しなかったり、「サーバーが見つかりません」という表示の時はあきらめて下さい。
時間を置けば見られる場合もあり、
ブルーのボタンはリアルプレイヤーが立ち上がったり、
動画そのもの をダウンロードしたり、
そこの局のサイトに飛んだりします。
国名で探しにくい時は、画面向かって右のテーマ別リストが便利です。
音楽とか、ニュースとかカテゴリーでまとまっているので、配信しているサイトを探すのが楽です。
ちょっと映像が止まることもありますが、
刺激的で、面白いです。
中国語検定3級には受かったんだけど、2級の過去問を
見ると、知らない単語が多すぎてブルーになった…
実は、2級レベルなど楽勝(中国の小学生レベルです)なのですが、
日本では2級は難しいという幻想がまかりとおっているようです。
その理由としては…
1、日本では各社各様、色んな教材が出回っており、
何の教材を使っ ていいかわからない。
2、そのため、単語が簡単すぎる教材を選んでしまったり、
難しすぎる教材を選んでしまったりする。
3、その結果、「簡単すぎる→レベルが上がらない」、
「難しすぎる→挫折」という悪循環にはまっていく。
語学で一番気を使わなければならず、また、一番重要なのが教材選びなんですね。
これを間違えると、多大な時間とお金の浪費をしてしまうことになります。
教材選びさえ間違わず、ある頭の使い方で覚えていけば、単語のレベルというのは、
階段を上るように楽々上がっていきますね。