鎮江 | 絹弦の古琴

絹弦の古琴

日本で古琴を習ってます

12月にアップした

「《松弦馆琴谱 洞天春晓》打谱研究」

の転載許可がとれました

(先にアップしてるじゃん…あせる

 

これを書いた朱晞という方の連絡先が

ネット検索でいっこうにつかめず

 

「そうだ、中国の知り合いの琴人に

尋ねてみるか」と思い至って、

問い合わせたところ、

「いま聞いてます。少々お待ちあれ」

の返事の1時間後に回答が来ました。

 

ネット時代でも、人脈は強し!

 

連絡とった朱晞先生から

「シェアしてもらいうれしいです。

良い新年を。

琴友のみなさんによろしく」との

返事も頂戴しました。ありがたや

 

朱晞先生の連絡先を調べてくれた

琴人とは、2014年末

揚州の古琴工房を見学に行った際

立ち寄った鎮江で知り合いました

 

「西津古渡」という史跡の一角で

カフェの壁に古琴がかかっているのを

見つけて入ったころ、

そこのマスターが琴人だったという

わけなんです

 

古琴を習っていることを伝えると、

喜んで「雙鶴聽泉」「憶故人」

「酔漁晩唄」を

弾いて聴かせてくれました

 

その当時は髪が長かったのに

いまは出家して

「沙門」になられています。

かつて名だたる仏教の街でありながら

戦争によってその多くが

灰燼と化してしまった鎮江。

山に残るそうした寺の跡をまわって

調べてもいる様子

 

さて4年前、

古琴を聴いた「西津古渡」から

ホテルへの帰り。

小雨の中ようやくつかまえた

タクシーの運転手さんが

「昔、日本語を習っていたんだけど

字母が多くて覚えきれずにやめたよ」と

話しかけてきました。

 

料金を払うとき「釣りがないからいいや。

いいんだ、こっちが悪いんだから」

と言われ

「いやいや、そうはいかない」と

受け取ってもらった……

 

それまで鎮江といえば「黒酢」しか

思い浮かばなかったけれど

「なるほど、こういうところから

パール・バックの『大地』は

生まれてきたんだなあ」と

思いました(パール・バックは鎮江出身)

 

いつかまた行ってみたいものです

 

西津古渡