検索の結果、比較的早期に自分が求めている回答が見つかった。
同じように悩んでいるお母さん方も少なくないようだ。
悩みに対する答えとしては、
「うちもそうだったけど、大丈夫」
「いつか落ち着く。」
というものが多かった。
そして、私が最も求めていた言葉、
「癇癪は親の育て方が悪いからではない。」
という文章も多く書かれており、私の胸の中の塊は徐々にほつれていったのだった。
自分が欲しい言葉がもう決まっているのだから、それをピックアップして読んで喜んでいただけじゃないのか、と言わればまさにその通りなのだけれど、それでもこのことによって少しでも気が晴れるなら間違った方法だと私は思わない。
そうだ、そうだ、私の育て方のせいではないんだ。
結局のところ責任逃れをしたかっただけなのかもしれない。
そんな時、とあるページの言葉が私の心に突き刺さった。
子どもの癇癪に動揺する親の心理について解説してあったのだが、動揺してしまう理由として以下のことが考えられるのではないか、とのことだった。
1.「我が子が壊れてしまったのではないか」「自分の育て方が悪かったのか」という親としての不安や罪悪感。
2.日々の育児や家事にあまりにも疲れ切って、これ以上、気力も包容力も湧いてこない断崖絶壁の状態。
3.「周りの人に育て方が下手だと思われたくない」という対外的なプライド。
これを読んだとき、その通りだと思った。
特に、3について。
結局のところ、それが一番大きいのかもしれない。
保育園で落ち着きのないハチに対して、恥ずかしいと思ってしまったのは、自分自身の不必要なプライドのせいだったのだ。
ごめん、ハチ。
また、そこには『よその子がお菓子売り場でギャーッと癇癪を起こしている。その様を見て、「うちの子は、絶対あんな風にしない、あの人は育て方が下手だ」と見下したりしていると、いざ、我が子が似たような状態に陥った時、自分の体面を守るために、何が何でも絶対にやめさせようとして、余計苦しくなってしまう』ケースもあると・・・。
身に覚えがありすぎて、胸がギュッとなった。
『子どもが癇癪を起こして、「なんとか止めさせたい」と悩んでいる時、ちょっと立ち止まって考えてみてはいかがでしょう。“自分はいったい、誰のために子育てしているのか”と言うことです。』
『子育てするのは“子供を幸せにするため”であって、自分自身の為ではないはずです。』
『近所の人に軽蔑されているような気がするから「早く癇癪を止めさせよう」とか、自分で自分のことを駄目な母親と思いたくないから「癇癪はいけない」とか、そういう気持ちがチラとでもある限り、子供の癇癪に余裕をもって向き合うことは難しいでしょう。』
『たっちを始めたり、言葉を話したりするポジティブな進歩は受け入れられるけれど、癇癪というネガティブな進歩は受け入れられないとしたら、それは愛情ではなく、自分に都合のよい子供を欲しがっているだけの話なんですよ。』
・・・・・。
私が間違っておりました!!
ご教授、本当にありがとうございます!!!
パソコンの画面に向かって深々と礼をしたい気分だった。
今自分が求めていることにズバッと答えていただけると、目の前がパァーっと晴れた気がして、もし、これを宗教の勧誘の方にズバリ言われてしまったら、ハイ、入信しますと言ってしまうかもしれない・・・と思ったが、それはないかな。
他にも、なるほどな~ということがたくさん書かれていて、これはまたしょっちゅう読んで参考にさせてもらおう!とブックマークさせてもらった。
ここにURLとか書いていいかわからないので、もしご覧になりたかったら『癇癪は感謝クン』で検索すると出てきます。
(最初、え?ダジャレ?って思ったけど、内容は!!!ステキだった!!!)
ついでに、そこに書いてあった参考図書『ダダこね育ちのススメ』もアマゾンで注文した。
そんな感じで、一晩で私の胸の塊はだいぶ緩くなり、気が楽になった。
ハチが癇癪を起こしてもそこまで胸が締め付けられず、心に余裕が出てきた気がする。
まぁ、まだほんの少しだけれど。
日曜日、久しぶりに夫が家にいてくれて、私が家事をしている間、ハチを見てくれていた。
夫がいても相変わらずの癇癪で泣き叫ぶハチ。
ふと見ると、夫は泣き叫ぶハチを隣りに寝かせ、座ってボーッと窓の外を見ていた。
すごい!!
私がようやく知り得た技をもうすでに体得している!!
オロオロせず、ありのままを受け入れている!!
(後で聞いたら、「泣いているより外をみた方が面白いものがいっぱいあるよ。」ということを自ら再現して教えていたとのこと。)
これからは癇癪をおこしても、これでハチが心のバランスをとっているのだと、どんと構えて、泣きたいだけ泣くが良い、くらいに思うようにしよう。
『「ギャーと泣きさえすれば欲しい物が手に入る」という誤った学びをさせない限り、時期が来れば自然に抜けていくものだと私は思います。』
『癇癪は、時期や程度の如何にかかわらず、あれこれ悩んでいる間に必ず収まります。
暴れる以外の表現方法(言葉や指さし)を学び、子供が自分自身のことを理解できるようになるにつれ、「すぐに」ではなく、「徐々に」無くなってきます。
付き合う方は大変ですけど、癇癪の時期を抜けたら流暢なお喋りが始まり、接するのが楽しくなりますから。』
せ、せんぱい・・・!!
これからもついて行きます・・・!!!
そういえば、約一年前はハチのおならがあまりにも臭くて、
「新生児 おなら くさい」
で同じように検索した。
今思えば、何を悩んでいたんだと・・・。
癇癪についても、そう思える日がくるといいな、いや、絶対くるだろう。
そう信じて、今日も癇癪に感謝してどうにか過ごそうと思う。
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前回の日記を読んで、温かいお言葉をくださって方々、本当にありがとうございます。
優しさが胸に染みました。
これからもよろしくお願いしますね!!