10月!! | 親子☆日記

親子☆日記

33歳での初産。
妊娠中のツワリのことから。結構しんどかった。
最初の頃のは「吐く」話が多いのでご注意ください。
今は初めての子育てにアタフタしながらも楽しんでいます☆


色々あった10月ももう残すところあと数日・・・。


ハチももうすぐ2歳半。



二人目不妊という言葉を最近よく聞くけれど、私も数ヶ月前から産婦人科に通院中で、毎日薬を飲んでいる。



私の場合、産後に出るホルモンの一種「プロラクチン」(母乳を出したりするホルモン)が異常に多く、それで排卵が止まっている可能性が高いとのことだったので、薬でそのホルモンを抑えているのだ。



もともと母乳の出が悪く悩んでいた時もあったというのにホルモンだけ出続けているとは何たることか。


2歳過ぎてもなかなか断乳ができないという話は聞くけれど、ハチはおっぱいおっぱい言わないだけで、精神的にはいまだ全然断乳が出来ていない感じだ。

保育園の同じクラスの子達と比べて、母への依存度が高い気がする。

いまだに登園時は号泣するし。



ハチに手がかかりすぎて、私の体がまだ産後だと勘違いしているのだろう。


何とも不憫な・・・。



ま、薬を飲んでも私の精神状態が変わるものではないので、今まで通り抱っこと言われればついつい抱っこしてしまうし、朝泣いた姿を見ては毎度胸を締め付けられている。





薬を飲みつつ、定期的に血液検査を受け、ホルモンの値が安定して下がってきてから数ヶ月後の9月末、妊娠検査薬にてようやく陽性反応が出た。



ハチの風邪がうつり、私自身も咳がしんどかったので風邪薬を飲もうとしたところ、そういえば・・・と念のために行った検査がヒット!!



仕事も立て込んでいたので、病院に行くのは2週間後のこの日でいいなと、吞気に家族で喜びを分かち合っていた数日後に思わぬ出血。


慌てて病院に行った。




《病院での流れ》

受付
 ↓
尿検査
 ↓
診察室
 ↓
「おめでとうございます!!妊娠しています!!」
 ↓
くす玉を割る。パチパチパチ(拍手)
 ↓
「ありがとうございます。でも、昨日から出血があって・・・」
 ↓
内診
 ↓
「胎嚢が見られませんね。流産か、もしくは子宮外妊娠でしょう。」

「子宮外妊娠の場合、大変危険なので、このまま入院してください。」




もう、感情の高低差ありすぎて、耳キーンってなるわ!!

フット後藤じゃないけど!!



夜中に出血があった時点で、あ、もしかしたら・・・という不安もあり、正直覚悟はしていた。


受付で「出血ある」って申し出ていたんやから、くす玉は割らしたらあかんやろ!!


まぁ、正直怒りの感情がこみ上げなくはなかったけれど、それよりも「即入院」のインパクトが強すぎて・・・。

聞けば、1~2週間の入院になるとのこと。



ハチは?!

仕事は?!

運動会は?!


ここで2週間後に控えた運動会の心配をしてしまうところが、さすがイベント好きの私だなと、思った。



「ちょっと、色々準備したので、明日じゃだめですか?」


レポート提出の期限をもう1日延ばしてもらう時のような気持ちになりながら、先生に頼んでみた。


頼む、とういうのもおかしな話で、先生も私の体のことを考えてのご指示だろうに。



もし大量出血がみられたり、何か体調に変化があったらすぐに病院に来ること、常に必ず誰か家族に近くにいてもらうことを条件に一旦帰宅した。

自宅と仕事場が一緒で本当に良かったと思った。




さて、どうする。


ハチは、実家にお願いしよう。


三重の実家に電話して、ことのいきさつを話し、次の日に迎えに来てもらうことになった。


母の声を聞いたとき、さすがに気が抜けたのか涙が出た。




仕事の方は・・・夫にお願いする!!


夫に2倍働いてもらうしかない。



数日分の仕事の引き継ぎ表を作り、夫に渡した。




そして、次の日、入院の準備をして、夫のお母さんに病院まで連れて行ってもらった。

本当は夫と一緒に来院するように先生から言われたが、私の分も働いてもらわなきゃいけないので無理ですと。


夫は家族でもあるけれど、大事な仕事のパートナーでもあるから。




そして、再度血液検査。



その結果、


「昨日よりHCG(妊娠中に出るホルモン)の値が下がっていますね。おそらく、流産でしょう。」


ということで、入院準備品が入ったリュックをそのまま担いで家に帰ってきた。


ただ、HCGが完全に下がっている訳ではないので、数日後に再び検査しましょう、とのことだった。



良かった・・・のかな?


ま、入院せずにすんで良かった・・・。



けど、流産は流産だしな・・・。



どっちにしても無理はしない方がいいだろうということで、ハチは実家に預かってもらうことに。


その後3日ほどかなりの出血もあって、そして、結構痛かった・・・。


生理痛の重い時よりさらに痛い感じ。



体調的には結構しんどかったけれど、久々の休息のおかげで数日後にはかなり復活。


全部出ていったな~・・・という感じだった。


結局仕事は2日半休んだだけで済んだ。


ハチはハチで実家で本当に大事にしてもらい、楽しい時間を過ごしていたようだ。


送られて来た写メでは、近所のおばちゃんに抱っこしてもらいながらDVDを見ていた。


そりゃ、最高だわ。





そんなことがあってから、もうすぐ1ヶ月が経つ。


やっぱりしばらくは辛かったな。


でも結構周りにも流産の悲しみを知る人が多くて、正直、驚いた。


妊娠の15%前後が流産に至るとも言われているくらいだし、人知れず涙を流した方々も周りにはいっぱいいたのかも。



改めて、赤ちゃんがこの世に生を受けるということはすごいことなんだと思った。


わかっていたつもりだったけれど、再認識。


生まれて来るということはそれだけで奇跡なんだな。





流産がわかるまでの数日間、ハチに自分のお腹を見せながら「ここにハチの弟か妹がいるんだよ。ハチも赤ちゃんの時はお母さんのお腹の中にいたんだよ。」と話していた。


「なに?なに?」


と、最初によくわかっていなかったみたいだけれど、しばらくしてから、


「ハチくん(最近、自分のことを君付けする)、ここにいたんだよ。」


と私のお腹を触りつつ、自分から話すようになった。



かわいいやつめ。




で、この間、ハチが


「ハチくん、赤ちゃんのとき、かぁかのおなかの中にいたんだよ。」


と、自分から言った後、



「どこから生まれたの?」



と、続けて聞いてきた。


「え・・・あ・・・お腹から出てきたんだよ。」


と、答えると、



「ちがうよ!!ここだよ!!」


と、私のお股のところを指さした。




わかってたんかい!!




これってもしや、出生児記憶ってやつ?!



2歳になってすぐくらいに、お風呂で、


「ハチはどうやってお母さんのお腹の中から生まれてきたの?」


と聞いてみたところ、


「ここ!!」


と、思いっきり私の口を指さしたことがあり、


「ナメック星人か?!」


と突っ込んだことはあったのだけれど、もしかして今なら正確な話が聞けるかも!!


顎が引っかかってなかなか出てこられなかったこととか、吸引分娩だったこと、頭がびよーんって伸びたことなど、覚えているかな・・・?とわくわくしながら、



「じゃ、ハチはどうやって生まれてきたの?」



と、聞いてみると、




「足から出てきたんだよ。」




・・・足?からは、出てきていないけど・・・出てきて私の足が見えたってことかな・・・?




「じゃあ、ハチは生まれたとき、どんな気持ちだった?」




と、聞くと、



はにかみながら、





「・・・うれしかった。」





ごーうかーくっ!!!!



そうだな!!生まれたらうれしいもんな!!





思わずハチを抱きしめてしまった。