その日のこと④ | 親子☆日記

親子☆日記

33歳での初産。
妊娠中のツワリのことから。結構しんどかった。
最初の頃のは「吐く」話が多いのでご注意ください。
今は初めての子育てにアタフタしながらも楽しんでいます☆

分娩室に入ってからの記憶は大変曖昧で、おそらく夜の8時前に入室してからベッドに横になり、本格的な陣痛を看護士さんに腰を押してもらいながら待っていた。



横に分娩監視装置のモニターが置かれており、子宮収縮と赤さんの心拍のグラフの紙が出続けている。



陣痛と同時に赤さんの心音の波が低下しているのが私にもわかった。


それでも、分娩室内はそれほどエマージェンシーという感じがなかったので、きっと大したことないんだろうなと思っていた。


もちろん、不安もあったけど、うちの赤さんはきっと大丈夫!!と信じて。





子宮口が全開になったのは10時前。


分娩室に入ってから陣痛がなかなか大きくならないと言われ、これ以上の痛みに私は耐えられるだろうか心配だったが、子宮収縮のグラフの波が徐々に大きくなり、最後には振り切った状態になっても、痛みはあまり変わらなかった。


もう既に私が耐えうるMAXの痛みに達していたので、体がそれ以上は反応しなかったのだろうか?


痛みの違いがよくわからないまま、足下で滅菌された器具達が準備されているのが見えた。



夫がオペ用のガウンを着て分娩室に入ってきた。


夫と事前に相談した結果、立ち会いはしないということにしていたのだけれど、私が夫のいるうちに産みたい!!と強く希望しているので産院の方々はてっきり立ち会い出産希望だと思われたようで。


夫も急に呼ばれてびっくりしたようだ。


まぁ、ホント、どっちでも良かったんだけど。

夫もどっちでも良いと言っていたし。





「はい、次でいきむよ。」



先生に言われ、いきなりのタイミングでビックリしたが、ああ、もういよいよだと思った。


両手にレバーを握らされ、看護士さん達が呼吸を促してくれる。


「フーの、フーの、はい!いきんで!!」


グーッと全身の力を下半身に込める。


一旦いきみを止め、


「はい!フーの、フーの、」


で、いきむ!!


一度の陣痛で2回。


それを何回か繰り返す。


すごい力でくいしばるから奥歯の白いかぶせものが割れてしまうんじゃないかと一瞬気にはなったが、もうそんなのどうでも良かった。



なかなか生まれない。



とにかく、赤さんは大丈夫か、それが1番心配。



早く出してあげたい!!




『産道は滑り台をイメージして』


なんて母親教室で習ったけど、いや、もう確実につっかえてますって!!


私の体、何とか開け!!


赤さんもあと少しやから、頑張って!!



陣痛の波の間に息を整えながら赤さんの無事を祈っていた。





陣痛中はとにかく必死でいきむ!!


後で夫に聞いたら、頭の血管をムキムキにして、どこから出ているかわからないような呻き声を発していたとのこと。



事前に読んだ本に、『いきむのはうんこを出すイメージで』と書いてあったので、うんこ、うんこと頭で唱えていた。


おかげで先生にいきみが上手だと褒められた。



途中で導尿。

どうやら、もらしたらしい。


会陰切開もたぶん痛かったけど、あんまり覚えていない。



なかなか私の産道を通るのは難しいらしく、赤さんが苦しんでいるかもしれないと思うとかわいそうで仕方がなかった。




何度目かのいきみで先生が吸引を開始。


お腹を看護士さんが押す。


だちょう倶楽部の竜ちゃんを思い出した。





私がいきみ、先生が吸い、看護士さんが押し、夫が励ます。(後で、オレは何もできなかった・・・と少し落胆していた。)



その場にいる全員が力を合わせて、赤さんがこの世に生まれて来るのを手助けしていている感じだった。





そして、午後10時18分 赤さん誕生!!


とても弱々しい泣き声だったが、体を揺すってくれたらもう少ししっかり泣いた。


2692グラム。

予想よりかなり小さかった。



先生曰く、赤さんは回旋異常という状態だったようだ。


産道を下りてくる時に、頭の向きを変える回旋が上手くいかず、ひっかかっていたとのこと。


普通はお母さんの背中側に顔を向けるのに、うちの赤さんは顔を上にしており、顎がひっかかっていたらしい。


何か、ひっかかって出てこられない感じはあったけど、ほんまにひっかかってたんかい!!




陣痛中に心拍が低下していたこともあり私はとにかく赤さんのことが心配で、その後も赤さんから目が離せず。


胎盤を見るのもすっかり忘れていた。

興味があったのにな・・・。



感動中の夫もほったらかしでしばらく赤さんを凝視していた。


夫には申し訳なかったと、今になって思う。





吸引により、後頭部がびよーんと伸びた赤さんは、大事をとって一晩だけ保育器に入ることになった。



とりあえず、一安心。





その後、切開部を縫合。


普通に痛かった。


痛みで両足が閉じてしまいそうになるので、自分で左足を押さえるから右足を押さえていて、と夫に頼んだ。


淡々とした私の言い方に、先生は少し笑っていた。





その後、2時間ほど分娩室で安静にし、12時過ぎに病室に戻った。



母はもうすでに帰宅していた。




とにかく疲れた。


点滴をつけたまま、私はベットで、夫はソファで眠りについた。






翌朝、夫は5時半に病院を出た。

看護士さんが気を遣って、出発前に赤さんの顔を見せてくれた。


保育器に入った赤さんは、とても小さく見えた。


夫と2人でガラス越しに息子の顔を見ていて、ようやく安堵の気持ちが芽生えた。



夫と子と3人でこの朝を迎えられたこと、周りの皆さんには本当に感謝だと改めて思った。




夕ご飯を抜いているせいか、とてもお腹が空いていて、7時の朝ご飯が運ばれてきた時には待ってましたとばかりにがっついてしまった。



10時の授乳から、実際に私がおっぱいを与える。


生まれてすぐに息子を胸に抱かせてもらって写真も撮っていて、普通はその時に感動するようだが、私は産んだ直後で意識が混濁していたということもあり、あまり記憶にはない。


授乳の際の抱っこが、ほぼ初めての親子の触れあいとなる。




よし、今日から母親としてのスタートだ!!



切開部の痛みのために変な姿勢になりながらも、足取り軽く私は授乳室に向かった。