3 日、父の七回忌の法要を行った。
といっても、母と夫と3人で墓前に和尚さんを迎え、
お経を聞きながら静かに手を合わせただけだ。
6年前の11月1日、父が逝った。
それを遡ること27年、52歳のとき脳出血で倒れ、
以来右半身不随と言語障害の後遺症と付き合いながら
79歳まで生きた。
母は仕事をしながら、一人で父の介護を頑張ってきた。
父も、自分でできることは何でも自分でしようという
前向きな気持ちをもっていた。
最後は人工呼吸器をつけての数日間だったが、
母も父の死を静かに受け入れられるような死に方だった。
あれから、6年経った。
母もずいぶん歳をとったなと思う。
母は私の家から電車で1時間くらいのところに一人暮らししている。
スポーツジムなどに通い、元気にしているが、
歩く速度は以前にくらべて格段に遅くなっているし、
耳もだいぶ遠くなってきた。
いつまでもひとりにしておくのは心配なのだけど、
一緒に暮らしたがらないし、実際それは難しいし。
これからはもう少し頻繁に母を訪ねなければならないなと思った。
といっても、母と夫と3人で墓前に和尚さんを迎え、
お経を聞きながら静かに手を合わせただけだ。
6年前の11月1日、父が逝った。
それを遡ること27年、52歳のとき脳出血で倒れ、
以来右半身不随と言語障害の後遺症と付き合いながら
79歳まで生きた。
母は仕事をしながら、一人で父の介護を頑張ってきた。
父も、自分でできることは何でも自分でしようという
前向きな気持ちをもっていた。
最後は人工呼吸器をつけての数日間だったが、
母も父の死を静かに受け入れられるような死に方だった。
あれから、6年経った。
母もずいぶん歳をとったなと思う。
母は私の家から電車で1時間くらいのところに一人暮らししている。
スポーツジムなどに通い、元気にしているが、
歩く速度は以前にくらべて格段に遅くなっているし、
耳もだいぶ遠くなってきた。
いつまでもひとりにしておくのは心配なのだけど、
一緒に暮らしたがらないし、実際それは難しいし。
これからはもう少し頻繁に母を訪ねなければならないなと思った。