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mimiの独り言

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先日「十三人の刺客」という映画を見たとき、稲垣吾郎の演技がとても印象にのこりました。この人の出ている映画を見よう、そう思って借りたのが「笑の大学」でした。「十三人・・」に出演した役所広司も出ていましたし。

この映画の背景の時代、昭和15年は言論統制が厳しさを増してきた時代です。主な登場人物は劇団「笑の大学」の座付き作家椿一(稲垣吾郎)と芝居の台本の検閲をする向坂睦男(役所広司)の二人で、あとはほとんど登場しません。

向坂は笑いを軽蔑していて、今はお国の非常時だ、低俗な喜劇は不謹慎である、何としても上演を不許可にしようと無理難題を吹きかける、椿の方はそのたびに必死で原稿を書き直す、それがたび重なるうちにいつか二人は台本直しに熱中し、遂には向坂が劇中の登場人物になって取調室の中を駆け回ったりします。

椿の方は喜劇を書くのは体制に対する自分なりの戦いなのだと、口を滑らせます。向坂は怒って笑いの要素をすべて抜いた喜劇を書け、それでなくては上演を許可することは出来ないと言います。

椿の方は徹夜で笑いの要素を全て抜いた喜劇を書きます。それは素晴らしい喜劇だった、折しも椿には召集令状が届く、もう彼の芝居を上演する機会はない。

椿は「お国のために死んでまいります」とあいさつして部屋を出る、「お国のために死ぬ」は向坂が劇中に必ず入れろと命じたセリフでした。去っていく椿の後ろ姿に向坂は「死ぬな、生きて帰れ!」と呼びかけます。

映画を見ながらさんざん笑った私、この最後の言葉にぐっときました。この映画からは原作者三谷幸喜の喜劇に対する信念とか熱い思いが伝わってきます。

後でWikiを見ていたら、椿にはモデルがいるのだということが分かりました。菊谷栄、彼は結局戦場から戻ってきませんでした。しゅんとしました。

蛇足ですが昭和15年について書き足します。この年は皇紀2600年ということで、日本中がお祝いに沸いた年でした。当時私は4歳、家の前を日の丸の小旗を持った人々の行列が通るのを眺めた記憶があります。

「金鵄輝く日本の栄えある光身に受けて・・・紀元は2600年 ああ一億の胸は鳴る」そんな歌を歌っていました。子供の頃覚えた歌はいつまでも残る、この歌は今でも歌えます。翌年の12月8日太平洋戦争がはじまりました。