




方丈記に初めて出会ったのは、高校の時古典の教科書で「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という冒頭部分を読んだ時でした。けれども特に感銘を受けたということはありませんでした。
大人になって、一応現代語訳を文庫本で読みました。方丈記は短いので、簡単に読みましたが、その時も単に読んだというだけでした。
次に読んだのが50代になってからで、堀田善衛の「方丈記私記」、これは著者が体験した東京大空襲と乱世を生きて方丈記を著した鴨長明の体験を重ねて方丈記を見直したような本といえばいいか・・・。
もっとも「方丈記私記」で私が一番印象に残ったのは、昭和天皇が焼跡を視察していた場面の記述で、あとの話は記憶は曖昧、あとでもう一度見直そうかと思ったのでした。
そして今回の「サライ」、「サライ」で改めて元暦の大地震についての鴨長明の記述を読むと、まるで東日本大震災の記述のように思えてきます。そのほかにも安元の大火とか辻風(これは竜巻?)の記述、方丈記というと世の無常を説いた書物のように思うけれど、大災害の記録でもあることがわかります。
「サライ」ではまた水木しげるの方丈記の漫画も紹介されていたのでこれはさっそく買って読みました。
最後に蛇足ですが、東京大空襲と昭和天皇の焼跡視察について書き足します。
東京大空襲は昭和20年3月10日の焼夷弾による空襲のこと、死者10万人とも言われます。
東京大空襲の画像で検索すると惨状がわかります。
「方丈記私記」の抜書きですが、堀田善衛が空襲から一週間後深川の知人を探しに行くと一面の焼野原、そこへ外車を含む自動車の列がやってくる。「それは焼跡とはまったく何とも言えずなじまない光景であった。現実とはとても信じがたいものであった。これ以上に不調和な景色はないと言い切ってよいほどに生理的に不愉快なほどに不調和な光景であった。」そしてその車からぴかぴかの長靴をはき、大きな勲章をつけた天皇が下りて来る、ということなのですが、この部分を読んでいて非常に不愉快だったのでよく覚えていました。
私は戦中派のせいか昭和天皇にいい感情は持っていませんでした。さっさとポツダム宣言を受諾すれば広島、長崎はなかったかもしれないのに、と思っています。余計なことを書きました。