以前の記事で触れた、シンガポールのチームがまとめたレビューを紹介します。
このブログで紹介するレビューはこれで4報目となります
(記事下部にこれまでに紹介したレビューへのブログ内リンクあり)。
参考文献は最も多く、55例の妊婦と46例の新生児に関する論文を網羅していますが、
個々の症例を見ていくというよりは、全体を俯瞰して、
どう診療に生かしていくかに主眼が置かれています。
外国の、それも一つの病院の診療体制を詳しく見ても
医療従事者ではない私たちにはあまり関係がないので、
そこはさらっと触れる程度にしました。
一般的な情報を重点的に和訳・紹介します。
新型コロナウイルスの流行と妊娠
原題:Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) Pandemic and Pregnancy(PDFです)
第一著者:Dashraath P
掲載雑誌:Am J Obstet Gynecol.
発表日:2020年3月23日
要約
SARS-COV-2ウイルスにより発症する新型コロナウイルス肺炎の流行は
驚異的な速度で世界中に拡がっており、1人の患者から2~3人が感染すると言われている。
医療従事者による準備や管理が不十分な集団や地域においては、特に致命的といえ、公衆衛生上の深刻な問題といえる。
2020年3月16日の時点において、世界中で18万人以上の感染者が確認されており、7千人以上が死亡している。
新型コロナウイルスは無症状の人からも検出され、症状が発現し緩解した人も、その後2週間は感染力を持つという。
実際の罹患率および経済学的影響を鑑み、国を超えてのロックダウンや国境閉鎖といった荒療治が求められている。
感染症流行時において、妊婦とその胎児はハイリスクと考えられている。
現在までに、新型コロナウイルスに感染した妊婦55名と、46名の新生児が論文報告されており、母子垂直感染のエビデンスはない。
妊娠期における生理学上および身体構造上の変化により、特に心肺に影響が及び、
呼吸困難が急激に進行した場合には、一般的に妊婦は感染症に罹患しやすい。
さらに、妊娠中は胎児を守るためにTh2細胞系の作用が優位になるため、
普段はTh1細胞系により機能しているウイルス感染に対しての抵抗力が弱まっている。
この独特の現象が、新型コロナウイルスの妊婦への影響を決定づけている。
われわれは妊婦への新型コロナウイルスの影響をレビューするにあたり、
病態生理学、感受性、PCR検査、治療の課題、子宮内感染、母体-胎児の合併症といった、様々な要因を加味した。
クロロキンの新規適応を含む抗ウイルス治療やワクチン開発といった、最新の知見についても言及する。
胎児の発育遅延および分娩時の特別な注意についても触れる。
さらに、必要な産科診療を続行するうえでの、医療従事者の安全についても注目した。
我々は、隔離、ソーシャルディスタンス、医療従事者への院内感染の防止、
個人用防護具の使用及び遠隔診療を加味した診療モデルを構築した。
我々の目的は、新型コロナウイルス流行の渦中の中で、患者と医療従事者の安全を維持しつつ、
実行可能な産科診療の骨組みを共有することである。
はじめに
感染症の脅威における管理の要点は、体力の弱い集団のケアである。
妊婦はその罹患率や死亡率から、呼吸器疾患の影響を受けやすいことが知られている。
ほとんどのコロナウイルス感染は軽症であることが知られているが、
過去20年のうちに流行したSARSやMERSは危険であり、妊婦の約3分の1が死に瀕した。
昨今の新型コロナウイルス肺炎は、2020年3月11日、WHOよりパンデミックが宣言され、
感染力の減少は確認されていないものの、流行のピークは4月と考えられている。
この無差別かつ終息の見えない、国を超えた感染拡大状況を鑑み、
我々は報告されたすべての妊娠後期の女性について詳細に調べることとした。
この論文では、新型コロナウイルスに感染した妊婦の臨床的特徴をまとめるとともに、
妊娠期における新型コロナウイルス感染の産科的管理に関する実用的で総合的な骨組みを提言する。
臨床ウイルス学
・新型コロナウイルスは宿主の呼吸器上皮細胞に、ACE2受容体を介して感染する。
・新型コロナウイルス感染患者は上部および下部呼吸器に症状を発現する。
・性差があることが示唆されており、ACE2受容体の発現は女性においてより少ないことが細胞レベルの研究で明らかとなっている (現時点において、新型コロナウイルス患者の数は男性のほうが多い)。
新型コロナウイルスへの生理的感受性
・約80%の新型コロナウイルス患者は軽症か、無症状であり、15%が重症で酸素療法を要し、5%は致命的で人工呼吸器を要する。
・妊娠期における循環器・呼吸器系および免疫系の変化は、感染症の重症化や低酸素状態の発現を増加させる。
・妊娠期に観察される、一般的な妊娠性の鼻炎や息切れと、新型コロナウイルス感染の症状を識別することが重要である。
・子宮の増大に伴う横隔膜、肺の用量や分泌機能の変化により、妊婦においては肺炎症状をより早く進行させると考えられる。
免疫系
・妊婦においては、免疫や炎症反応を担うTh1細胞(ヘルパーT細胞の一種)系の反応が抑制され、抗炎症反応を担うTh2細胞系が優位となる。
・そのため、妊娠期において、Th1細胞系の免疫は抑制され、ウイルスのような病原体に対する母体の感受性が高まることから、すべての感染症に対しての罹患率は増加する。
・一方、Th2細胞系の抗炎症反応が、妊婦において新型コロナウイルス感染の症状を抑制しているのではないかとも仮定できる。
臨床的特徴
・非妊婦群と同様、新型コロナウイルス感染時の妊婦の主な症状は発熱、咳、呼吸困難、リンパ球減少症である。
臨床診断と画像診断
・現時点では、PCR法がスタンダードである。
・PCR法は設備や手順に高い水準が求められるため、実施数に限りがあるが、他の方法(抗体検査など)は精度や、かかる日数の観点から代替法として好ましくない。
・胸部画像での診断は治療においては有用であるが、診断においてはPCR法にとってかわるものではない。また、妊婦においては被ばく量に注意する必要がある。
妊婦における問題点(表を参照)
表1. 妊婦における新型コロナウイルスの臨床像と、SARSおよびMERSとの比較-1

表2. 妊婦における新型コロナウイルスの臨床像と、SARSおよびMERSとの比較-2
補足:
他の感染症の報告において、妊娠初期の発熱は、先天性異常の原因とはなっていないが、
出生後における幼少期の注意欠陥に関連する可能性がある。
垂直感染
・ACE2は胎盤にも多く発現するため、理論上は垂直感染の可能性がある。
・最近、出生直後の2例の新生児に、新型コロナウイルス陽性が確認され、垂直感染の可能性が示唆された(※ニュースサイトからの引用のため、レビュー中の症例数には含まない)。
・他の46例の新生児では、垂直感染は実証されていない。羊水、臍帯血、母乳、新生児の喉のスワブからも新型コロナウイルスは検出されなかったという報告がある。しかし、これらのデータのほとんどは、妊娠後期に新型コロナウイルスに感染した症例である。
・なお、小児での新型コロナウイルスの症状は軽症であると報告されている。
現時点での治療
・対症療法および敗血症や急性呼吸器不全症候群といった妊婦特有の症状の管理が標準治療となる。
・臓器機能障害スコアとD-ダイマー濃度の測定は、非妊婦の新型コロナウイルス患者における死亡予測に使用されるが、妊婦においてはこれらの数値は変動しやすいため、識別が困難である。
・胎盤の血液循環を維持し、胎児の低酸素状態やアシドーシスを予防するため、母体の酸素要求量を満たす人工呼吸が必要となる。
・WHOはステロイドの全身投与を推奨しているが、われわれは反対である。ヒドロコルチゾンもメチルプレドニゾロン(薬品名)も胎盤をすぐには通過しないが、母体の高血糖状態を延長するため、免疫が抑制され、肺上皮細胞におけるウイルスの複製が進行すると考えられるためである。
・しかし、早産の症例においては、ステロイド剤の使用は胎児発育を促進し、分娩前後の問題を小さくするため、個々に対応されるべきである。
抗ウイルス治療
・最近の研究では、レムデシビルおよびクロロキンが新型コロナウイルス治療薬の候補として挙がっている。
・レムデシビルはin vitroの試験において新型コロナウイルスの複製を抑制し、MERSウイルスに対しても霊長類で作用が確認されている。妊婦でも安全と考えられ、アメリカと中国でフェーズ3の治験が行われている。
・リン酸クロロキンは元来抗マラリア薬であり、広い抗ウイルススペクトラムと免疫調節作用を有する。公表されていない中国の複数の研究期間のデータでは、臨床的、放射線医学的、血清学的に新型コロナウイルスの症状を緩解させたという報告がある。クロロキンとその代謝物は胎盤を通過すると考えられており、妊娠後期において使用する場合にのみ安全と考えられている。しかし、クロロキンに関する浩瀚な分布と動態の報告から、妊婦においてはクロロキンの血中濃度が低下することが知られているため、新型コロナウイルスの治療に使用するには、高用量の投与が必要と考えられる。クロロキンの他の副作用として、収縮期血圧の低下が挙げられ、妊娠子宮の血行悪化をもたらす可能性がある。
・ロピナビル-リトナビル合剤もまた、新型コロナウイルス治療に有用であると考えられている。妊婦の呼吸器感染に関する明確な報告はないが、HIV陽性妊婦での研究において、ロピナビル-リトナビル合剤の使用は、胎児の異常や早産、低体重児を増加させなかった。
・コロナウイルスの治療に一般的に使用されているリバビリンは催奇形性があり、流産、胎児の頭部や四肢の欠損といった現象がマウスで確認されているため、特に妊娠初期においては使用するべきではない。
・バリシチニブも新型コロナウイルスの潜在的な治療薬と考えられているが、動物実験において胎児毒性が認められているため、使用すべきではないと考えられる。
・新型コロナウイルスワクチンの開発が進められているが、現時点ではまだ確立されていない。アメリカで、男性被験者によるフェーズ1の治験が予定されており、2020年3月16日より被験者を募集している。妊婦への影響はまだ不明である。
妊娠期のケア
・感染症の流行期において、ソーシャルディスタンスが感染予防に有効であることが知られている。
・われわれは、医療スタッフを3つのグループに分けて合理化を図った。それぞれのチームは独立して外来診療、入院患者の管理および分娩、手術にあたり、新型コロナウイルス感染が確定した患者もしくは疑われる患者に接する場合は個人用防護具を使用して対応に当たる。もしチームメンバーが新型コロナウイルスに暴露されたもしくは感染した場合には、そのチームを2週間隔離し、他の影響を受けていないチームが医療をカバーする。
・近隣病院との医者および患者の行き来は限定し、緊急時には、隔離を含む感染上の対策に関し患者の合意を得たうえで他院へ搬送する。
・Zoomなどを用いた遠隔外来診療が増えつつある。
胎児の観察
・長期の肺損傷は、胎児への酸素供給低下から、胎児の発育遅延のリスクを増加させる。
・胎児発育不全は新型コロナウイルス感染妊婦の10%に見られるため、母体の回復に伴い、われわれは少なくとも1回の超音波検査を実施している(実施後は、超音波機器を殺菌する)。
陣痛・分娩および授乳
・我々は新型コロナウイルス感染リスクにより、分娩時の妊婦の配置と医療スタッフの予防策を分類した(病院管理の話なので、このブログでは詳細を割愛します。)。
・分娩方法は産科的要因と緊急性により判断されるべきである。
・垂直感染のエビデンスがないため、新型コロナウイルス感染妊婦においても、経膣分娩を忌避する必要はない。
・母体や胎児の状態が悪化した場合や子宮の状態により人工呼吸が困難となった場合には、帝王切開が好ましい。
・帝王切開を含む分娩は、陰圧室にて、個人用防護具を着用などの予防策を講じたうえで行うべきである。
・笑気ガスの自己吸入は陣痛時に広く使用されているが、院内感染を防ぐため、機器の洗浄を徹底すべきである。
・類似して、酸素療法を要する、新型コロナウイルス感染が確認されたもしくは疑いのある妊婦においては、院内感染防止のため、鼻腔カニューレを覆うサージカルマスクの着用が必要である。
・これまでの報告では、垂直感染のリスクは示唆されていないが、臍帯遅延結紮および分娩後の肌と肌の接触は避けるべきである。
・今日のガイドラインでは、授乳は忌避されていない。新型コロナウイルス感染妊婦の後ろ向き調査では、母乳中から新型コロナウイルスが検出された例はない。
・患者が授乳を選択する場合には、飛沫感染を防ぐためマスクを着用すべきである。
・母乳中にコロナウイルスの抗体が存在するかどうかは、妊娠中に感染したかどうかに依存し、ステロイドの投薬を受けていた場合には、母体での抗体産生を抑制していた可能性がある。
個人用防護具
・パンデミックにおいて、医療従事者の安全は最も重要であり、リスクに応じて個人用防護具を用いることが求められる。サージカルマスクの着用が好ましい。
N95マスクと妊婦
・CDC(アメリカ疾病予防管理センター)は、新型コロナウイルス陽性もしくは疑いのある患者と接する医療従事者に、N95マスクの着用を推奨している。
・妊婦がN95マスクを長期に着用する場合、空気の流れが悪くなることから、母体の心肺機能や胎児への酸素供給に影響を与える可能性がある。そのため、妊娠している医療従事者は新型コロナウイルス診療の前線から外すことを推奨する。もしくは、PAPRマスク使用などの代替案を考慮する。
まとめ
・妊婦はその生理的変化、感染症への感受性および器質的・免疫学的変化により、感染症に対して脆弱な集団と考えられ、胎児を守ることもまた、課題である。
・経膣分娩のような濃厚接触・飛沫感染を伴う処置を行う際には特に、医療従事者の感染を防ぐ予防策が求められる。
・産科管理は抗ウイルス治療に関連した臨床経験に基づいている。また、ステロイド療法も進化している。
・この論文では、新型コロナウイルスのパンデミックにあたり、患者と医療従事者への適切な対処法のための総合的な骨組みを提言した。
(訳文ここまで)
お疲れ様です。ある意味コロナ疲れ(笑)
めっちゃ長いですよね![]()
ここまで読んでくださってありがとうございます![]()
レビューというより、総説的な側面が大きい文献でした。
オンライン先行発表のため校正前とはいえ、40ページくらいある論文なので、
本文に関しては、圧縮して要点だけを箇条書きにしました
(ここで私のバイアスがかかってないと良いのですが
)
妊婦が感染したらどうしよう、こんな可能性があーだこーだ、ではなく、
妊婦が感染したらこうやって妊婦も胎児も医療スタッフも守る!という、意志を感じる論文でした。
私たち市井の人間も、もう予防ではなく、そろそろ新型コロナウイルスに罹ったときのことを想定して備えるフェーズに入っているのかもしれません。
熱が出たときの連絡先とか家の中の動線・消毒方法などなど、おうちガイドラインを作っておこうかな![]()
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妊娠と分娩におけるコロナウイルス:迅速レビュー(イギリスのチームのレビュー)
妊娠における新型コロナウイルスのリスク:解説レビュー(イランのチームのレビュー)
