母が デイホームに行く日の

私の

朝の ルーティン

 

 

母に ご飯を食べさせている間に

補聴器 マスクの準備

連絡帳の記入

バッグの中身の 点検

 

バッグには 毎日

きれいなのか 汚いのか

よくわからないティッシュが

何故か 山のように 入ってるので

 

ゴミ箱に直行させる 前に

それらで 母のテーブルの下の

食べこぼしを ちょちょっと拭いたり

 

主婦だなあ 私

 

 

そして 何より

私の

最重要ミッションは

 

母の着ている服の チェック

 

 

記録的な猛暑なのに

母は この夏中

長袖の服が お気に入り

 

それでは さすがにマズイ と

涼し気な半袖の服を 手渡すと

 

私は 南国育ちだから

暑いのは平気なのよ

 

と言いながらも

素直に 着替えては くれる

 

 

その時 母から受け取る

脱いだ服は

いつも じんわりと湿っていて

 

そりゃ そうだろう

いくら 南国育ちだって

暑ければ

体は 汗をかく

 

 

でも おそらく

暑さ 寒さを感じる 感覚が

鈍くなっているんだね

 

そして

季節や 常識を測る

感性も

 

 

 

 

先日の朝

 

母が 自分でコーディネートした

服は

ヒート◯ックのシャツに

ニットのベスト

 

その上に

ドレープのたっぷり入った

スモック風半袖ブラウスだった

 

 

私は

下の2枚を 脱がせ

サラ◯ァインの下着と

再度 スモック風ブラウスを着せて

 

母が 不安にならないよう

薄手のサマーカーディガンも

渡した

 

すると 母は

すぐ それを着て

いつも そうするように

カーディガンのボタンを

上から下まで 留め始めた

 

ただでさえ 立派なお腹周りに

下着 ズロース ズボン 

ドレープたっぷりの スモックブラウス

ボタン全留めカーディガン

という

ミルフィーユ状の 新たな層が形成され

 

さすがに きつく感じたんだろう

母は

 

なんか 苦しい…

 

と 言い出した

 

でも

私は そんな母の言葉を

完全スルー

 

だって

お迎え時間が 近づいている

 

 

 

我が家の前の 公道は

細いくせに 対面通行

 

車がすれ違うのは

小型車同士以外 なかなか大変

 

そして

デイホームの車は 大型バンなのだ


だから 朝

お迎えの車が来る 5分前には

外に出て

 

乗り降りも

できるだけ 速やかにすることが

肝要になる

(お待たせすることも ままあるけど)

 

 

ほら 早く 早く

 

母を急かしながら

玄関の外に 出ると

 

幸い

まだ車は 来ていなかった

 

ホッとしながら

足元に目をやると

夜の間に落ちた葉っぱが 目に入る

 

すかさず 箒で掃き始める

主婦ぷりん

 

エライ

 

加えて 私は

掃きながらも

子育て中のママ 同様

 目の端には いつも母を入れている

 

 

だから

その時

 

母の 不審な動きに

体が 即 反応し

私は 目線を上げた

 

なんと

そこには!

 

 

ズボンを 膝まで下げ

ズロース姿で

お腹周りのブラウスや

カーディガンを整えるのに

夢中になっている 母がいたのだった

 

 

 

狭い我が家は

玄関から 公道までの距離は

2メートルあまりしか ない

 

しかも 門も 壁も ない

 

しかも その公道は

朝夕は 人通りが多い

 

つまり

 

母は

 

何人もの通行人の眼前で

ズロース姿を

晒したのだった

 

 

 

おかーさん!

 

叫びながら 母に駆け寄り

私がそのズボンを上げたところで

 

デイホームの車が

到着した

 

 

なんか ごろごろするのよぅ

 

まだ お腹のあたりを気にする

母の手を 引っ張りながら

 

いいから!

もう 早く乗って!

 

そう言う 私の言葉は

思ったより キツい口調だったのか

 

スタッフの目線が

一斉に 私に向けられた

 

私は 咄嗟に 口に手をやり

愛想笑いを浮かべ

 

車が走り去るまで

にこやかに 手を振った

 

けど

 

頭の中は ずっと混乱していた

 

 

だって ショックだった

 

 

母は 最近は

足が外側に 大きく変形して

姿勢も 悪くなっていた

 

それは 老化だ

自然の摂理だ

仕方ない

 

夏物と 冬物

部屋着と おしゃれ着

インナーと アウターの

区別もつかなくなっている

 

それも 認知症あるある

受け入れるしかない

 

だけど

 

 

これも 突き詰めれば

認知症あるある で

 いつかは訪れること

だったんだろうけど

 

ついに

 

衆目の中で

ズボンを下げてしまった

 

 

あんなに オシャレで

華やかで

 

頭の回転が 早くて

活動的で

 

いつも

人の輪の 中心にいたような

母が

 

そんな過去を

自らの手で

汚してしまった

 

 

 

その日

思い出したことがある

 

いつだったか

友人Aちゃんが 話していたこと

 

 

認知症の母がね

徘徊してしまって

近所を 探し回ったことが

あったのよ

 

しばらくして

知り合いが 見つけてくれて

無事 帰ってきたんだけど

 

その時にね

なんと

 

下半身が

スッポンポンだったの!

 

 

そして

Aちゃんは 続けて

 

まったく 困っちゃったわよ

 

と 大きく ため息を付いて

みせたのだった

 

 

その時 私は

Aちゃんの話が 面白おかしかった 

(ように聞こえた)ので

 

ああ

Aちゃんも たいへんだなあ

 

と思っただけで

彼女の 心の中にまでは

思いが至らなかった

 

 

Aちゃんの 本当の気持ちは

どうだったのかな

 

その日は

そんなことを 考えたりして

 

ため息ばかりの

なんだか 哀しい一日だった

 

 

 

 

夕方

 

母は

いつもどおり 満面の笑顔で

帰ってきた

 

今日も 楽しかったわよ

 

と言いながら

デイホームの連絡帳を 私に渡し

トイレに駆け込んだんだけど

 

その中からは

ゴキゲンな歌声まで 聞こえてた

 

 

わかってはいたけれど

 

母の中では

朝の あの恥ずかしい記憶は

きれいさっぱり 消去されていた

 

 

私は

少し 脱力しながら

受け取った連絡帳を 開いた

 

そこには

 

今日は〇〇さん(母)から

「寒いので 膝掛けがほしい」

と言われ お貸ししました

 

お気に入りの膝掛けがあれば

明日から お持ちください

 

と書いてあった

 

 

夏に 膝掛け!?

 

と それを読んで

最初 ビックリしたんだけど

 

後から 気づいた

 

さすが 介護のプロだ

と思った

 

だって

ここに書いてあることは

 

母が考えたり やったりすることを

おかしい とか

間違っている とか

ジャッジせずに

 

母を

今 あるがまま 認めて

受け止めてくれているって

こと

 

 

実は 今まで

母にとって

デイホームの 何が

そんなに楽しいのか

 

どこが 母を

そこまで惹きつけるのか

よく わからなかったんだけど

 

 

あるがままの母を

受け止めてくれるから

 

だから

母は 毎日

デイホームから

 

あ~ 楽しかった

 

と言って 帰ってくるんだ

 

と合点した

 

 

私は まるで

 

厳しくも

哀情たっぷりに 育てているつもりの

我が子から

 

〇〇ちゃんのママのほうが

やさしいから

ず~っと好き!

 

と言われた

母親みたいな気分になった

 

 

眼の前の存在を

あるがまま 認めて

受け入れないとね

 

 

そう思い至ると

不思議なことに

視野が 一気に開けて

 

私の 哀しかった気分が

少しづつ 浮上して

 

もし

母が デイホームで

ズボンを下げて

皆に ズロースを開陳したら

スタッフの人たちは

どうするんだろう

 

なんてことを 想像しはじめた

 

 

あらあら なんて言いながら

本人が 納得するまで

待つのかな

 

それとも

 

ステキなズロースね

羨ましがられないうちに

しまっちゃいましょう

 

と うまくズボンを

履かせるのか

 

 

いや 待てよ

 

こんな想像 するまでもなく

 

もしかしたら 母は

デイホームで もう既に 今日

ズロースショーを 開催済みかも

 

な~んてね

 

デイホームで 遊び疲れて

夕食前に うたた寝している母を

見ながら

 

そんなことを 考えて

笑ってしまった