右下にいる人がとても小さく感じるほどの
大きなビルが根こそぎ横転し、基礎部分が壁のように。津波の威力の凄まじさがまざまざと残っていました。
女川町役場
役場は骨組みだけが残り、正面玄関だったと思われるところには日の丸の国旗と町の旗が。あの3月11日、役場では議会が開催中で逃げ遅れた議員が数名亡くなられたとの事。
後ろに見える建物は無事のように見えるが外観のみで廃墟と化している。手前のモニュメントは不思議なことに周りがめちゃくちゃなのに震災後設置されたかと思うほどきれいに残っていました。てっぺんにはウミネコが目をくりくり動かしてとまっていました。
女川町はいまだに瓦礫の山、山で手付かずでした。
女川町出島という小さな島に住んでいた叔母は夫を震災で亡くし、今は石巻市で暮らしています。島の畑から持ち帰った花を育てナスやミニトマトなどの野菜を収穫したり、甲子園での高校野球に大声援を送ったり大変お元気でした。
しかし、夜は眠れなく、眠剤を服用。
私たち家族が泊まった日は軽度の地震があったのですが、安心したのかぐっすり眠れたようです。


