女川町はカキやホヤ、銀鮭の養殖が盛んで水産加工工場
がありましたが、街は異様な臭いにおおわれていました。
役場自体も壊滅。
しかし、親族をはじめ、出会った人達はとても前向きで、
瓦礫を片付けていた島の住民も養殖をふたたび再開し、
子ども達に継承したいと語っておられました。
養殖は順調にいって3年。
みちのりは大変厳しいものがあります。
公的な助成が求められます。
また、焼香に来られていたご婦人はいまだに避難所生活
で、喪服も頂いたものだと語られていましたが、全国から
の支援、自衛隊の尽力に感謝されていました。
和光市の職員も大船渡市をはじめ被災地に支援に行って
います。
心から感謝いたします。
島の瓦礫





