TOGAの古田泰子さんのトークショーに行ってみた。
知名度のわりに露出があまりない方なのでどんな話がきけるやらとウキウキしつつ。

「ドリフのファッション研究室」


司会の方と、ゲストの古田さんとのふたり語りで場は進行。

”喋りたいことは古着の山”とのテーマで、TOGAの新ライン「Odds&Ends」を通してファッションの新しい価値観やあり方を語る、というものだった。「Odds&Ends」は世界の量産された古着やガラクタに手を加えてもうひとつ違った古着の世界観を生み出すプロジェクトのよう。
見通しの悪い業界に新たな道をつくるステキな試みだと思った。

古田さんの独り語りが面白く、聞き入る。それはTOGAの魅力を再確認する作業で、彼女の自信や自負は製品価値以上の熱量でもって服作りをしている結果なのだと良くわかった。ますますTOGAの服が好きになった。


ただ残念だったのが司会の方、文句になるのでお名前は出しませんが、話は脱線しまくるわ学生でも思いつくような表層的なことしか語らないわ、対話中なのに遅れてきた友達?関係者?を見つけては驚いたり喜んだり、客がまったく分からない人物の話をろくな説明もなくグングン話し進めたり、飲み友達であるはずなのに古田さんの言葉を全く汲み取れておらず、展開に窮してQ&Aに切り替えるものの客の質問に対してびっくりするほどのトンチンカンな回答……モデレーターとして全く機能していないどころか、発言者としても必要性を感じず。質問していた繊維新聞の記者が苦笑してた。古田さんも途中困っているように思えたが……。司会者はアートライターが本業とのこと、アートの話ならこんなことにはならなかったんだろうか。普段インタビューとか、しないのかなあ。彼女が口を開くたびに古田さんの話がコチラに届きづらくなり、と同時に「ワタシの崇高な持論を聞いて頂戴!」という自意識を腹にぐりぐりねじ込まれているような感覚を覚えた。
司会者が別の人だったらもっと面白い話を引き出せたような気がする。

結果、トークショーは全体的に芯を食ってない感じがした。初めての試みだったから司会の人だけじゃなくみんな感触をつかめなかったのかもしれない。次からは大テーマの中にいくつかのトピックスを作りながら話進めるといいんじゃないだろうと……

アレキサンダー・ワン曰く、ファッションとは「アートとビジネスの両面で成り立っている」のだという。阿部千登勢さんはsacaiを「アートではなく、ビジネス」だという。問題提起し意見交換の場をもつのなら、絵空事や感覚的な話、作り手の一方的な視線だけじゃなく、ビジネス的であり中立的であり客観的な観点からの会話も欲しかったなあ。TOGAはこの不況下においてインディペンデントで成立している数少ないブランドなんだから、なおのこと。ファッション界に吹き荒れる豪雨にも暴風にも負けないビジネスモデルひとつ語ってもらったほうが、そこにいる全員のためになったのではと思う。

「ドリフのファッション研究室」はシリーズとして、お先真っ暗(?)なファッション業界を何とか生き抜こうとする者達、また同じ時代を生きる人たちの意識の共有、交流、発信の場にしていくのだそう。

”素材、批評、マーケティング、メディアの現状と限界と可能性について、繊維産業とメゾンとマーケットの抱えるアップデートな課題について、問題を共有しないと先はないんじゃないかという危機感のもと、情熱的かつ客観的に現状を知りたいので、場を開きます”(HPより)

こういうプロジェクト自体はすごくすごく面白い。発起する労力を考えると頭が下がります。
ちなみに会のはじめにこのプロジェクトの概要を説明していた主催のドリフの方はシアタープロダクツの広報さんだそうな。
ゆらゆら帝国が解散した。


胸を締め付けられるような喪失感。


昨年の20周年ライブで観たのが最後になってしまった。朝霧は途中参加で観ることが叶わなかった。ヨラテンゴとのライブと年末のライブは仕事で行けなかった。でも仕事をはじめた近年は、自分に合ったタイミングで彼らのライブを観ればいいと思っていた。ゆら帝がライブをやり続ける、ということに対する信頼感が、当たり前のようにあったから。『男達の別れ』のように、『ゆらゆら帝国 LIVE2009.FINAL』と銘打たれた年末ライブがそのまま最後となった。


彼らが私に与えてくれた音楽的影響は計り知れない。ゆら帝を初めて聴いたとき、彼らのルーツが知りたくてCANやFree、キャプテン・ビーフハートを聴いたとき、そしてライブを観たとき。ビックバン、頭の中はひっくり返され、ぐちゃぐちゃにされ、世界が広がった気がした。彼らがいなかったら出合えなかったアーティスト、知り得なかった音楽もいっぱいある。


これでまた、ライブに足を運びたいと思わせてくれる日本のバンドがひとつなくなった。


でも、なんて素敵な最期なんだろうと思う。

「アルバム『空洞です』とその後のライブツアーで、我々は、はっきりとバンドが過去最高に充実した状態、完成度にあると感じました。この3人でしか表現できない演奏と世界観に到達した、という実感と自負がありました。しかし、完成とはまた、終わりをも意味していたようです。解散の理由は結局、『空洞です』の先にあるものを見つけられなかったということに尽きると思います。ゆらゆら帝国は完全に出来上がってしまったと感じました」(HPより引用)



彼らは”ソフトに死んだ”んじゃない、完成したんだと。
3人が目指した「なんでもないような音楽」、その過程をそのたびに確認し、到達するまでを追いかけることができた。今日はひときわ、この時代に生きててよかったと思う。未来の人間は羨ましがるに違いない。また寂しさがぶり返すかもしれないが、今はその事実だけで十分な気もする。


音楽をありがとうございました。

クロエのファミリーセールへK子とともに。

平日でも早起きなんか断じてしないくせに朝9時に六本木一丁目に集合できるこのパワーってなんなのか。(20分遅刻したが)
この時点で前日の神聖な気持ちも今日がバレンタインだという純粋な気持ちもどこかに置いてきている。
ダメな奴と指を指されても素直に返事ができます。



会場に到着し行列に並ぶこと20分、開場。
女たちは野生へと還っていった。

タカかと思うほどの素早さで商品をさらっていく者
クマかと思うほどの怪力で商品をもぎ取る者
リスかと思うほど大量に商品を蓄える者


7つの大罪フルスロットル、欲望に突き動かされた女たちはドドドと布きれ革きれに押し寄せる。
手品のような早さで商品が消えゆく。それはそれはもう鮮やか。
草の根も生えないとはまさにこのこと、棚が売り物なのかと思うほど身ぐるみはがされてた。


そうこうするうちに第一陣の見切り品が発生。次々キャッチ。
負けじとスクリーンアウトしながら会場隅っこに移動。商品チェック。


鼻ほじりながら作ったとしか思えない鞄
鼻ほじった手で使われること間違いなしの財布
リターン to 棚。

その後も投げ出される商品をキャッチ&リリースしているうちに
商品の価値が分からなくなってくる。
大量に売るために山と積まれた商品たちが自らをかすめさせるというパラドックス。商品のゲシュタルト崩壊。

崩壊ついでにかばんを買う。2個。
ダメな奴と指を指されても素直に返事ができます。




ミッドタウンへ。
「昼の六本木なんか行かねーなー」って夜の女ぶりながら歩くこと20分強。
タウン手前にてインドカレーを食す。サグカレーは間違いない、うまし。
その後ミッドタウンメガネ屋でメガネを物色。のち、フォルクスワーゲンが主催しているスケート場へ。この2ヵ所を見てミッドタウン観光終わり。ンーやっぱなんもない。


新宿へ移動。「ボーイズオンザラン」のタダ券があったので、観る。

良作。
主人公の内面以外、世界が何も変わらないのがリアリティがあってとってもよかった。
誰にも気付かれず救われているという尊さ。


主人公が激走するシーンが序盤、中盤、終盤に出てくる。
それぞれの走りに象徴される心情の変化の様、おみごと。
タイトルに込められた意味を感じかるーく感動。


劇中の一番の感動は小林薫の名言「これは酒じゃないよ、ビールだよ」でしたが。




そして長かった1日のシメはビールビール。ビールは酒じゃない。
だから日曜にいっぱい飲んでもよい。270円均一が杯を進ませる。


K子と激論を交わす。おもに人生のことと仕事どうするか。
我々つくづく「働きマン」のキャラに近い。
専業主婦の友達と仕事マシーンの自分たちを比較して言うフクちゃん(主人公シゲタの親友)の名台詞「あの子たちとは鍛えてる筋肉が違うのよ」にうんうんと首を立てに振ること数回。
そしてそのとき妹には幸せな主婦になってほしいと、ふと思った。








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帰ってから鑑賞。名作。アンジーの真価は性ではなく母性かもしれない。