韓国料理屋で携帯を引き取ったあと、Antony and the Ohnosnライブに行った。

Antony And The JohnsonsのVo.アントニーハガティと、昨年逝去された舞踏家・大野一雄とのコラボレーション公演。
会場は草月ホール、いいところです。
初来日を待ちわびた人たちで会場は満員、「ゆずってください」の紙を持ってる人もチラホラと。
わたす12日公演を間違えて買ってしまい、ネットで交換を募り無事11日公演と交換。
交換してくれたカップル、かわいかった。


今回は飲食禁止なうえ座っての観劇。どうにもこうにもニヤニヤが止まらない前から3列目。
このワクワク感を誰かと分かち合いたい、あー今日は一人だし!
しかし会場の雰囲気が普通のライブよりどことなく厳かで、自然とテンションが落ち着いてくる。
その矢先、暗転。


冒頭に延々と流れる映像。これがライブでなく演劇公演と見なすと、コンテンポラリーとか、不条理劇とか、あっちのイメージです。映るのは太陽だったり、木だったり。
しかし木だと思っていたものがズームアウトすると、それは大野氏の皮膚、深く刻み込まれている無数のしわ。
変な話、もういないはずなのに生きているみたいな印象を持たせる。その存在感たるや。
アントニーを通してしか大野氏を知らなかったことを軽く悔やみつつ映像はすすむ。


映像とともに、体中にペイントしオブジェを付けた女の人が登場。意味があるのかないのか分からない動きが不思議でちょっと不気味。未だかつて見たことのない光景だし感じたことのない世界観。
しかし目なのか耳なのか、みんな何かを奪われて、客席が無音状態。


そしてついにアントニーが登場。


女性が去り映像を映していたスクリーンが奪われると、ピアノのまえにビックシルエットが。一瞬でアントニーと分かる存在感。白い一枚布のようなものをまとってて(大きめのワンピース?)どっしりとした佇まいで、比喩じゃなく物理的にも、デカイ。





マツコ・デラックス……




そんな失礼な印象を抱いたことを一瞬で後悔させる一曲目。「Her Eyes Are Underneath The Ground」での一声で、何かすごいものが始まると気付く。

女の声なのか男の声なのかわからない歌声、
さらに空間を浄化させるとか深く鎮静させるとかいった少しまじないじみた声。
一方で人間らしい温かみもある。時に高音なのか低音なのかの判断すらつかなくなるようなその歌声は、本当に今まで聴いたことのないもので、表現が難しいです。
素人でも分かるのはアントニーの声は、代用のきかないものだってこと。


私は好きな曲だと一緒に歌っちゃう、または勝手に唇が動いてしまうのですが
この時はただ聴いてただ見るだけ、硬直状態。
サポートでAntony And The Johnsonsのバイオリンの人が入っていい音を響かせていたけど、とにかくアントニーに釘付け。
アントニーが中座し、また大野氏の映像が流れ始めた時、両手をかたくグーにしている自分に気付いた。


楽曲は「Hope There's Someone」「The Crying Light」「Another World」、聴きたい曲をこれでもかというほど。カバー曲は「Can't Help Falling in Love」。声だけで妊娠させるようなプレスリーのLOVEとはまた違う、なんだかマザー的なLOVE。



そして一番聴きたかった「Epilepsy Is Dancing」、信じられないくらい鳥肌立った。
首から足までぞわぞわぞわーーーーですよ。ライブに行ってもこんなこと数年に1度あるかないか!
ただただ、時間の経過を悔やむように聴くしかなかったです。


「Antony and the Ohnos」と銘打ったコラボ公演とあり、大野氏の映像×アントニーのライブ、という図式を想像してたのですが、映像は最初と中盤にて出てきたのみで、実際の曲たちを彩ったのは大野氏の魂を受け継いだ舞踏家、大野慶人の舞いでした。
全身白塗りの坊主の老人がアントニーのまわりを舞う。手には花一輪、風車、姿見……
足音もたてず、出ては去り、去っては出てくる。
舞踏のなんたるかを全く知らない私が、何らかの世界観を感じるだけの何かがある。
会場の空気がおかしくなってくのを感じる。場所とか時間の感覚がズレていくような。


ヘンな感覚に完全に身をゆだねたままの1時間半、現実に戻したのはアントニーの「サンキュー!」という言葉とハニカミでした。そして手がいたくなるほど拍手拍手拍手。


今回のライブ、「魂の糧」と副題が付いてますが、うなずけます。酒が入ってたら絶対に泣いてたです。
また絶対に観たい、こんどはAntony And The Johnsonsで観たい! いいものを見ると楽しみは増えるなあ。




余談だが終演後、TOGAデザイナーの古田さんを見かけた。雑誌などでお姿拝見するばかりで一度も見たこと無かったけど多分あれそうだ。
アントニーの世界観や曲のテイストからか、全体的にしっとり系な観客の中、着る人によっては演歌歌手のショー終わりにも見えなくもないたっぷりとした長めのヒョウ柄コート、赤いルージュ、太く引いたアイライン。ああ素敵。
こっそり敬愛しているので人知れずテンション上がる。






昨日酔っぱらって携帯なくした。で、あった。

前提として無くした自分が圧倒的バカなのだが、
あった経緯がちょっとむかついたので書く。


どこにあったかって、再三ありませんかと問い合わせていた飲み屋(韓国料理屋)にあった。



昨日の夜。宴のあと家に着き携帯が無いと気付く。
体、かばん探す。ない。家の前に出る、探す。ない。
早速電話で店に問い合わせ。「ナイ」。
再度店に足を運び聞く。「ナイ」。実際見てみたが、ない。
帰ってからも諦めきれずもう一度電話をし、なかばうざそうに「ナイヨ」と言われる。

どうしてここまで店に執着するのかというと、
店を出て車にすぐ乗り家まで送ってもらってるからです。
車内にない。家の前にない。店の前にもない。
しかし現に携帯はない。どう考えても店内しかない。
しかし店は「ナイ」の一点張りなのだからほかを探すしかない。

2時間ほど店の外、家の前、家までの道を何度もウロウロしながら探し、
やがてあきらめる。寒さで気持ちが折れた。


今日の昼にauショップにいくまえに、もう一度ダメモトで最後の問い合わせ。




「アー、ハイジのストラップのやつ?」







………。
我らが去ってから店員が机にあった携帯を見つけて入り口の棚に置き、
私の問い合わせ電話を取った別の店員がその机を見て「ナイ」と答えた模様。
うん、ないよね、それじゃあ。

まあ酔っぱらった自分が一番わるい。それは分かっている。
しかしいわせてくれ。
うざそうにあしらわれたこと、寒さのなか懐中電灯で酔いも醒めるほど探したこと、
引き取りに行ったら「忙しいんだよ」的なぶすくれ顔で無言で手渡されたことを思い出すと。


「シーバ**セッ**」※



一緒にさがしてくれたMさんには多大なる感謝。
終始夢ふくらむ話で携帯のことなんかすっかり忘れるほど
夢中になってしまったゆえのうっかりでございました。
出版不況を打ち破ろう。


※イチローが2006年WBCで咆哮してた言葉の韓国語訳。もちろん「ほぼイキかけた」ではない。
CANの前身バンドInner Spaceの未発表アルバム「アジ郎とブル坊」が発売され2ヵ月くらい前にネットで注文したのだけど、まだ来ない。まだ来ないと思っていたら注文先の山野楽器より入電。


といってもこれが初めてではなく、進捗の電話が3週間に1度くらいきており
そのたびに申し訳なさそうな声で「まだ入荷しないんですよ……」と連絡くれる優しい店員さん。


「●●さんですか?」
「はい」
「ワタクシ山野楽器の★★と申しますがーー」
「ああ、ハイ」
「ご注文いただいた「アジ郎とブル坊」のアルバム、ですが、本当に申し訳ないのですが、まだ発売元より入荷しませんで……」
「ああ、気長に待ちますので大丈夫ですよ~」
「本当に申し訳ありません」
「いえいえ大丈夫です~。ではよろしくお願いします」

ここまではいつも(過去2回)のパターン。
で、切ろうとしたところ

「あっ、あのーーーー!!」
「ハイ?」
「実はぼく、●●さんの入荷の動向を追ううちに興味がわいちゃって、個人的に予約したんです。ジャーマンロック、っていうんですか? なんか良さそうなバンドですね、アジ郎とブル坊!!」







ツッコむべきか、ツッコまざるべきか。







「それはユニット名じゃない」






ていうか、そもそもこのアルバム名なんなんだ。



$アベブロ
原題は「AGILOK & BLUBBO」……