-霧雨の中、勝利をたたえられて宙に舞う友人のR君。それを私は離れたところから見ていた。-
高校生の時、私が通っていた高校には体育祭のかわりにライバル高との「定期戦」という生徒達を熱狂させる行事があった。1年生だった私はそんなことは全く知らなかったけれども、係マニアというか委員会活動が好きだったこともあり、定期戦実行委員会の「綱引き班」に所属した。
そこで私の運命を決める一人の人物、綱引き班の班長のA先輩に出会った。その頃の綱引き班は無敵と言っても良いほど強く、ライバル高に何年も負けていなかった。A先輩は非常に熱い人で毎日のようにそのことを私に語り、自分の仕事を誇らしげにしていた。実際にA先輩は綱引きに勝つための科学的な研究をしていて、間違いない実績も上げていた。そんな姿を見て衝撃を受けた私はA先輩に憧れるとともに「自分の定期戦の3年間は綱引き班にささげよう」と決めたのだった。
その年の定期戦も綱引き班は大勝利をおさめA先輩は宙に舞った。「私もいつか宙に舞いたい」A先輩の姿に自分を重ね合わせていた。A先輩は卒業するとき、「綱引き班を頼んだぞ」と私に言ってくれた。そのことが嬉しくてその日は一日中興奮していたことを覚えている。
班長は3年生がやることになっていたので、2年生の時も班員として頑張った。その年も綱引き班の班長は宙に舞った。その年の班長は綱引きのことをよく知らない人だったので、私が色々なノウハウを班長に教えながらの定期戦だった。
3年生になり、「ついに俺の番だ!」と気合いを入れていたとき、生徒会長のS君に呼び出されこう告げられた。「君じゃ、みんなが盛り上がらないんだ。班長はあきらめてくれないか。」急に谷底に突き落とされたような衝撃を受けたが、私はS君のその言葉を否定することが出来なかった。
その日、定期戦の班長会議が開かれた。当然その席に私は行けなかった。班長会議には卒業した各班の元班長も来ていて、もちろんA先輩も来ていた。私としてはA先輩にだけは会いたくなかったが、どういう運命のいたずらかA先輩に出くわしてしまった。私はA先輩に声をかけることが出来なかった。A先輩も何も言わなかったので、二人はすれ違っただけだった。しかし私にはA先輩の顔が「何で俺の意思をついでくれなかったんだ?」と言っているように見え、胸がはり裂けそうだった。
その年の定期戦も母校の綱引き班の班長が宙に舞った。綱引きのことをよく知らない友人のR君である。しかし彼は私にない「みんなを盛り上げる何か」を持っていた。
私は胴上げの輪に入らなかったが、それは彼に嫉妬したからではない。逆にR君を見ている自分の心は嬉しくてたまらなくてじっとしていられなかった。私は宙には舞うことが出来なかったが、3年間班長を支え続け班長を全員空に飛ばした。それは誰にでも出来ることではなく、私だけが成しとげたことである。たたえてくれる人は誰もいなかったし、班長にはなれなかったが、A先輩のように自分の仕事に誇りを持てた。
私は最後まで「飛べない豚」のまま高校生活を終えたが、高校生活の中で自分の居場所を見つけた。先生になった今も私は飛べない豚のままだが、きっと班長達のように生徒達を飛ばしてあげる土台にはなれると信じている。