ひさしぶり

こんにちは、中村はなです。お久しぶりです。


こちらのアメーバブログからワードプレスに引っ越しして、2年になります。にも、かかわらず、記事が定期的に見られていてありがたい限りです。


こちらのブログでおすすめ情報を続けているので、よければ見てくださると嬉しいです。


暮らし3711


アメーバブログでは、おすすめ情報というよりかは、プライベートな出来事や思ったことを綴るものにしていきたいと思います。




​大切な友達とのお別れ



先日、私の大切な友人が天国に旅立ちました。まだ58歳という若さで。


私は30年前に日本語教師としてカナダに一年半滞在したのですが、彼は渡航前に日本語教育を学ぶために3ヶ月研修した仲間の1人です。


私より2歳年上で、エネルギッシュで仕事ができる、とても尊敬できる男性でした。恋愛感情というのではなく、彼と同じ歳の兄がいる私にとっては、兄のような存在でした。兄のことはそこまで尊敬してませんが笑。


話を聞くのが上手で、人の面倒をよくみて、お酒が飲めなくて、甘いものが好きで、家族を大事にして、旅行が好きで、いろんなことに興味があって、地域愛が強くて。


カナダ時代、彼が家族と一緒に赴任しているアメリカに遊びに行ったこともあります。美味しいもの食べさせてくれて、観光にも連れて行ってくれて、とても楽しかった。


帰国してからも、他の仲間に比べたら地元が近いので、何年に一回かは会っていました。


私が彼の住んでいる家の近くに行ったら、「ランチいこう!」って奥さんと3人で出かけたり。そんな時はガンとしてお会計は出させてくれず、帰りにいっぱいお土産も持たせてくれるような気を遣う人です。


うちの夫婦は結婚して今年で25年になるのですが、7月13日が入籍記念日でした。ちょうど入籍したその日も、その友達に会い、夫を紹介して、その後区役所に向かった、なんてこともありました。


とてもとても大切な友人が、難病に侵されているとわかったのは2年半ほど前です。


その日は友人の誕生日で、その研修仲間のグループLINEではお誕生日のメッセージが溢れていました。

彼はそのメッセージにお礼を返し、そして自分がALSであることを告白したのです。


まさか彼がそんな難病になるなんて、にわかに信じられず、それでも、病気の進行は人それぞれだと聞いていたので、彼の病気はきっとゆっくりと進んでいくと思っていました。


その告白から1ヶ月後に会いに行ったんですが、自分は発見がとても早かったこと、治療のタイミングや治験もスムーズに進められたことなどを教えてくれました。


その時はまだ、腕が動かしづらい、あげづらい他は元気で暮らしていたのです。それから、ラインで話したり、電話で話したりして、いつも体調は気にかけていました。でも、私の中で、きっと彼は大丈夫なんだと言う、根拠のない信念があったのだと思います。


彼の症状が進んでいたのは、1年半ほど前から。

私達、研修仲間は3年に一度同窓会をしていて、全国にいる研修仲間のそれぞれの地元に集まることになっています。今まで、北海道、広島、和歌山と集まって、昨年は福岡で会うことになっていました。その参加を悩んでいた友人は、奥さんに付き添ってもらって、参加を決意。彼も皆んなも、きっと元気に会える最後だとわかっていたと思います。


友人は、最初は元気に見えたものの、歩くのがとても辛そうで、30歩歩いたら休みが必要なほどでした。旅行は2泊3日でしたが、二日目は宿で寝てる時間が長かったです。最終日に、小グループになった時には、車椅子で観光していたようでした。


動けなくなる時期が迫っているのを感じた私は、昨年の冬に会いに行きたいと連絡しましたが、「ろれつが回らず、喋るのが辛いので」と優しく断られ、彼のプライドを思えばそれを押し通すことができませんでした。


LINEを返すのも大変かな、奥さんに電話して、状態を聞こうかな、それも嫌かなと思っている時に、彼が亡くなったという訃報が入ったのです。


まさか、そんなに早く逝ってしまうとは思いませんでした。動くことはできなくなっても何年かは、入院する状態になると思っていました。

彼が最初に教えてくれた、2〜4年でしにいたるという経過がその通りになってしまったのです。


近くに住む私が、仲間を代表して、お花の手配をして、お葬式にも参列してきました。


お通夜に行こうかお葬式に行こうか悩みましたが、お通夜の後、夜道を泣きながら帰ってくるのが嫌だったので、お葬式の方に行くことにしました。そして、親友についてくてもらうようにお願いしました。


斎場についたら、「はなちゃん、忙しいのにごめんねー!」っていう声が聞こえてきそうでした。 


奥様と話ができて、最後は肺炎を併発して亡くなったそうです。でも、前日までずっと家族と過ごせて、ずっと笑っていたそう。


お葬式は温かなもので、家族友人が心置きなくお別れすることができました。私も最後に花を手向けてお別れしてきました。ただ伝えたいのは、「ありがとう」だけ。


優しくしてくれてありがとう。

いつも笑って話を聞いてくれてありがとう。

励ましてくれてありがとう。

褒めてくれてありがとう。

いつもたくさんお土産くれてありがとう。

出会ってくれてありがとう。


今でも、友人のことを思い出したら、すぐ涙が出てしまいます。このブログを書いていても。


斎場をあとにし、友達と向かったのは、今がベストシーズンの富良野。




そのままだと、悲しいだけの1日で終わってしまうところでしたが、こんなに美しい景色も記憶に留めることができてよかった。




夏の青い空から、友達が笑って見てるような気がしました。笑顔の似合う友達が心配しないように、と思うのだけど、思い出すたび、涙がこぼれてしまうのはしばらく許してね。




友達思いの彼のことだから、私達がいくまで天国で同窓会の準備をして待っていてくれると思います。


その時には、「こっちやべーわ。マジ最高」っていう声が聞こえそう。天国を楽しむ方法をいろいろ伝授してもらおうと思います。