tutti
特に意味はないです
金土日と用があったので東京にいたのですが、
暇なので原宿にオープンしたH&Mを冷やかしにみにいきました
が、予想以上の長蛇の列にどんびきし、なにもせずに帰りました。
東京の人は、なんかくるっとるね
洋服なんて安くて適度にかわいくて機能的ならなんでもいいけどそんなの探すのめんどくさいし正直どうでもよくなるときが少なからずあって、でもそういうのはなんか駄目だから最低限でもきちっとしようと毎日葛藤しています。
でも、4000円までならあんまり躊躇しなくなった。やっと。
5000円はものすごく躊躇するけど。
今は、茶系のブーツと黒のニットと黒のスニーカーがほしいよ。
あと、ロンT。こいつだけはなんぼあってもいい。便利だから。
http://jp.youtube.com/watch?v=kCeZzW54a2o
最近ずっと聞いてます。CDがほしいです。
PVの発想がとても好きです。
曲も好きです。こういう単調なメロディって病みつきになります。
このPVを見ると思うのが、人間の表情っていうのは、普段意識するよりもずっと多くの情報を持っているのだということです。
この人たちの悲痛な顔だけで、痛みが想像できるってもんです。
たとえ腹を裂いて出てくるのが砂でも、かち割ってるのが頭じゃなくてスイカでも、色水をぶっかけられてるだけでも、その表情のさすところが痛みだから、見てると悲しい気分になるわけです。
みた目っていうのも、ずいぶん感情に訴えてくるんだな、言葉や行動じゃなくて。
この曲の歌詞で、I can say I hope,it will be worth ,what I believeっていうところがとても好きです。
しかし、これをさて和訳しようと思うとできないわけです。
いかに英文を和訳しても、絶対に伝えられないニュアンスの差っていうのがあって、その差というのは結構大きいというか、つまり思考の差につながるんではないかとおもいます。
文章っていうのは、意味だけじゃなくて順番とかも大事だし、言葉っていうのは、単なるコミュニケーションの道具だけではなくて、思考をつかさどるものだから、言語の差っていうのはただのツールの差だけではないと思うのです。
私は、古い文体の和訳が好きだけど、とても個人的な感想ですが、そっちの方がそのニュアンスの差を埋めてくれる気がするのです。古い文体っていうのは、書き言葉であって、しゃべる言葉ではないから、思考に直接かかわる言葉ではないからです。たんにかっこいいからってのもあるけど。
何言ってんのかわからなくなりましたが、最近もっぱら興味のある事柄です。
ようするに、言葉ってのはおもしろいねってことです。
話はちょっと飛びますが、英語の授業で、英文を坦々と和訳していく作業は、実に無駄だなあと思うときがままあります。
まったくの無駄とは思わないけど。