恥や外聞を気にしない母の性格なのか、晃一に字の書き方
や読み方を習うため、鉛筆と余った障子紙の切れ端を用意し
母は自分の子とは思わない、先生だと真剣に教わった。
(…もう、相当遅れとる、母やん勉強せなあかん…)
母は家が貧乏だっため尋常小学校も大半を欠席し、簡単な
漢字の読み書きも出来ない学力だったが、努力が実り小学校
の教科書程度は、読み書き出来るほどになった。
(…ほれだ、漢字が書ける、晃一のおかげじゃけんな…)
少し場面をバックさせ母の和代の父母の危機に触れたい。
(…もう、お母はん、笑顔見せんけん…)
和代の父は先代が寝食を忘れ築き上げた、多額の蓄財を惜
しげもなしに博打に注ぎ込み、挙句は田畑や山林も人手に渡
り、娘の和代を学校に行かせる学費さえ事欠いた。
(…ほんま、お父はん、ウチが小い頃にやさしかった、今も
忘れとらんけん、よう覚いとるんじゃけん…)
和代の口からは、先代が築いた財産を賭事に凝り、身上を
潰し波乱万丈の生活を強られ、辛酸を舐めたのになぜか娘の
和代は、父を詰る言葉を口にしなかった。
(…ほんま、お父はんだけが、悪いん違うけん…)
なぜなのか娘の和代は父を責めなかった。
幼かった頃の和代は、父の母に対した理不尽な暴言など見
兼ね嫌だったが、娘の和代を誰よりも父は大事にしたのだ。
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