美保子の母は学校から帰り、愛読書だった樋口一葉や島崎

藤村の単行本を読み時間を費やしたが、今の娘の時代に合わ

せ川端康成や平林たい子の文庫本などを選んだ。

 

 母は病院に帰り昨年にも読んだ事はあるが、美保子には気

付かれないように読み返し、大人のさり気ない男女の恋の営

みに体が火照り小説の魅力を改め感じた。

 

 川端康成は人間の本質を底辺の境遇に心身を置いた、幼い

頃の視点を活かし、文学書とし世にさらけ出した。

 

 色恋の描写を行間から美保子の母は想像し心は踊った。

 

 当時の社会が嫌い見下した、旅芸人とか踊り子を表舞台に

登場させた雪国や伊豆の踊り子は、人間の素朴な情を扱った

作品だが、水晶幻想は性の領域に踏込む文面が、人間味を帯

び川端康成の文学的センスを彷彿とさせた。

 

 多情多感な思春期に、将来の生きる方途を探り人生の基礎

を見詰め、大人に向け脱皮の機会と捉えた小説だった。

 

 美保子の母が娘に読ませるためには、娘が深い文学的な表

現を理解出来るのか、母は意味を確かめ読み返した。

 

(…この、悦びを美保子に経験させたい、こんな単行本を美

保子の命に触れさせ、ときめき読ませたいんや…)

 

 雪国の巻末個所に火事の情景が記述されたシーンに、いつ

の間に寄って来たのか、駒子が島村の手を握った、と言う文

面に、母は顔を赤らめ胸はときめいた。

 

 また、水晶幻想は性に直接触れる描写が、自然と活字に散

りばめられ、母はプレゼントのシナリオを描き始めたのだ。

 

           ー103ー