良く、占い師や、宗教家の人で水子を供養しないと祟りがある。
などと言う人がいますが、本当に祟りが有るんでしょうか?
私は、祟りが有るとは思いません。
水子というのは、まだ人間になっていないわけですからね。
そんな力があるとはとても思えませんね。
また、そんな水子になるような所に人の霊は入っていきませんよね。
霊は生まれ出るときには、どのような所で生まれて、どんな人生を送るかが分かって生まれ出るわけですから。
(と言うか、どのような人生を送るかを決めて生まれると言うべきか)
そんな霊が入っていない物に祟られるようなら、動物の霊が入っている、
牛に祟られたらどうしますか?
豚に祟られたらどうしますか?
みんな食っているでしょう。
みんな大変な事になっていますよ。
水子の霊に祟られるなどと言っている占い師や、宗教家はインチキで、人の弱みにつけ込んで儲けようとする人達だと思って間違いないでしょう。
あなたには水子の霊が付いている!
などと言う占い師や、宗教家がいたら、すぐに「あ、こいつはインチキな占い師だな! インチキな宗教家だな!」 と思いましょう。
それでは水子の供養は無意味か?
そんな事は有りませんよね。
それは水子のためではなく、水子を作った人のためですね。
水子にしてしまった人の心を慰めるために必要と言う事ですね。
水子の霊が祟るのではなく、自分の心を慰めるために必要と言う事です。
だから、そんな気がない人は関係ないと言う事ですね。
水子―“中絶”をめぐる日本文化の底流