相互理解は無理だという事に気付くと、ほんの少し生きやすくなった。

幼い頃から、分かり合えない事への腹ただしさを抱えて生きてきた。
昔から男の子が観るようなアニメも、スポーツにもさほど興味がなかった。
車やバイクの免許をとることにも魅力を感じなかった。(免許は取ったが。)
男なのにバイクの免許を取らないのはおかしい、とまで言われた事がある。
どうしても理由が分からなかった。

当時、小説とゲームと音楽にハマっていたからそれらに接している方が有意義だと思っていた。
僕は高校に上がる時に、1人遠くの地区の高校に引越しをした。
それも今までと全く環境が違って、バイクに乗るのが好きな人間だったり、「中学の時は喧嘩でブイブイ言わせてました」、みたいな人間がそこそこいたから、友達と呼べる友達が3年生になるまで出来なかった。
少し仲良くなった同級生に思い切って音楽の話をしてみても全く理解されなかったし、話し相手が居ない寂しさから中学の友達とずっとメールをしている事がバレて、大層気持ち悪がられた。
何故気持ち悪いんだろう。
知り合いとメールをするのが気持ち悪い事なのか。

話を合わせる為にバイクの事も理解しようとした。
興味のない車種の名前を覚えてみたりもしたけれど、それではついていけなかった。
BUMP OF CHICKENやRADWIMPSを聴いているのがバレると、笑われた。

そういう事が嫌で嫌で仕方なかった。

徳島を出るとそういう思いも払拭されるかと思ったけれどそうではなくて、どこにいっても付きまとう問題だったのだ。
芝居に関しても、分かり合えない事も、伝わらない事も沢山あるし、僕みたいなタイプと正反対にいる人間にはそれが分からないし、僕もわかってやれない。
「話し合ってより良い方向に」みたいな次元の話ではなくて、もっと深い根っこ部分の話。

環境のせいにしてるだとか、こっちの意見だけ聞いて貰おうとしてるとか、そうじゃないんだよ。
僕がこうなったのは周りのせいだ、なんて微塵も思ってない。
分かろうとしていたんだよ。
歩み寄ろうとしていたんだけど、これは無理だなと。
どうしても全部は無理なんだなと。
そういう考えは捨てた方がいいんだなと考える様になってから、幾らか生きるのが楽になった。

楽しい事がしたくて出てきたんだから。
その為に、目の前にある、正念場にいる自分の問題だけに集中してやるべき事をしようと。
その方が遠回りでも良いに決まってる。

分からない事に、分かって貰えない事に腹を立てたとしても、それはそれ。
焦らずに生きたいものだね。
まだまだ若いのだから。