スコットランド滞在中に、テレビで、MARY, QUEEN OF SCOTSという映画を観たことがあります。英語の映画をそのまま観て意味を理解するのは、小生の乏しい英語能力では不可能で、英語ながら字幕を表示した状態で鑑賞。(苦笑)
この映画、タイトルのとおり、スコットランド女王メアリー・スチュワートを主人公にした映画で、断頭台にくくりつけられ、今まさに命を奪われるという時になって、羽織っていた衣装を脱ぐと、真っ赤なドレスが表れる、という何とも印象的なクライマックスシーンが今でも脳裏に焼き付いています。ところどころ字幕の意味が取れなかったのですが、スコットランドに滞在しているゆえ、「イングランドは非道いことするなあ」と思いながら見終えました(単純ですね)。
メアリーを死刑に追い込んだのが、メアリーと血がつながっているイングランド女王エリザベス。同時代に生きて、どちらも一国の主として国を守るという使命を帯びていたからこそ引き起こされた悲劇の一つといえるでしょう。
さて、こうしたことを思い出させてくれた本がこれでした。
ターシャ・アレグザンダー『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(野口百合子訳、ソフトバンク文庫、2007年12月)
この本は、同名映画を小説化したもののようです。
タイトルを見たときには『どうせ、イングランド賛歌なんでしょ』と引き気味だったのですが、パラパラと中をのぞくとメアリー・スチュワートが登場するようで、忘れかけていた記憶がよみがえり、次の瞬間にはレジに向かっていました。
訳者あとがきにも書いてありますが、この物語はすべてが史実に基づいているわけではありません。エリザベスが生きた時代を題材にして、ところどころフィクションを交えて書かれています。
それでも、フィクションでありながら、この物語の根底を流れる考え方は宗教の「都合良さ」なのかなと思いながら読み終えました。いいかえれば、神の捉え方の違いによって悲劇が生み出されたという考え方です。
フランスから帰国したメアリーはカトリック教徒。メアリー支持派は、当時、ヨーロッパを席捲した無敵艦隊を有するスペイン国王、フィリペ2世。それに対してイングランドは英国国教会(プロテスタント)。イングランド女王はプロテスタントということなり、ここに対立の構図ができあがります。エリザベスもメアリーも、そして取りまきの者も「神はきっとそうお考えになる」「神はお許しにならない」という思いによって行動します。
たとえば、象徴的な部分を紹介すると次のような場面があります。
まずは、無敵艦隊とイングランド軍の海戦の場面で、無敵艦隊を指揮するスペインのメディナ・シドニア公に、フィリペ2世から届いた手紙。
「メディナ・シドニア公の船の側面に小舟が近づいてきて、国王の使者が手紙を携えて舷側を上がってきた。スペインではとぎれなくミサが続いており、聖人に祈願が行われている-国じゅうが祈りを捧げている。フィリペはそう記していた。世界は勝利を待ち望んでおり、神は神聖な使命の失敗をお許しにならない、と。」[p.291]
次は、無敵艦隊を退けた二人の船乗り、ローリー(この物語で重要な役割を演じている)とドレイクの会話。
「無敵艦隊は敗北し、イングランド軍の戦線を破れずに北へ逃走し始めた。ローリーはドレイクを探しだし、二人は勝利に酔いしれて抱き合った。
『君はずっと正しかった』ローリーはドレイクの背中をたたいた。『神はプロテスタント教徒だよ』」[p.315]
こういった小説を読むと、「信じる者は救われるというが、本当なのだろうか」と考え込んでしまいます。スペインとイングランドの戦いでも、フィリペ2世は「神は神聖な使命の失敗をお許しにならない」といっておきながら、失敗してしまいます。お許しにならないのはフィリペ自身であって、フィリペに処罰されるのは神を信じているシドニア公なのではないか。シドニア公は本当に神に救われるといえるのか。そして神とはいったい何なのか。
ストーリーや会話も面白かったことは面白かったのですが、ちょっと前に読み終えた『日本の10大新宗教』の影響なのでしょうか、どうしても宗教を考えずに読み進めることができませんでした。
ところで、この本は映画に基づいていると書きましたが、先日、上京した折、地下鉄駅に2月16日から公開されるというポスターが貼ってありました。本の表紙にも使われているエリザベスの姿が妙にインパクトがありました。こりゃ、観ないわけにはいきませんかね。
さらにもう一つ。最初に紹介したMARY, QUEEN OF SCOTS。帰国後、日本語字幕でしっかりと観たいと思い、当時、あちこち調べましたが日本語版DVDもビデオも発売されていませんでした(邦題『クイン・メリー/愛と悲しみの生涯 』)。今日、改めて調べてみたのですがやっぱり日本語版はなさそうです。こちらももう一度観たい映画です。
この映画、タイトルのとおり、スコットランド女王メアリー・スチュワートを主人公にした映画で、断頭台にくくりつけられ、今まさに命を奪われるという時になって、羽織っていた衣装を脱ぐと、真っ赤なドレスが表れる、という何とも印象的なクライマックスシーンが今でも脳裏に焼き付いています。ところどころ字幕の意味が取れなかったのですが、スコットランドに滞在しているゆえ、「イングランドは非道いことするなあ」と思いながら見終えました(単純ですね)。
メアリーを死刑に追い込んだのが、メアリーと血がつながっているイングランド女王エリザベス。同時代に生きて、どちらも一国の主として国を守るという使命を帯びていたからこそ引き起こされた悲劇の一つといえるでしょう。
さて、こうしたことを思い出させてくれた本がこれでした。
ターシャ・アレグザンダー『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(野口百合子訳、ソフトバンク文庫、2007年12月)
この本は、同名映画を小説化したもののようです。
タイトルを見たときには『どうせ、イングランド賛歌なんでしょ』と引き気味だったのですが、パラパラと中をのぞくとメアリー・スチュワートが登場するようで、忘れかけていた記憶がよみがえり、次の瞬間にはレジに向かっていました。
訳者あとがきにも書いてありますが、この物語はすべてが史実に基づいているわけではありません。エリザベスが生きた時代を題材にして、ところどころフィクションを交えて書かれています。
それでも、フィクションでありながら、この物語の根底を流れる考え方は宗教の「都合良さ」なのかなと思いながら読み終えました。いいかえれば、神の捉え方の違いによって悲劇が生み出されたという考え方です。
フランスから帰国したメアリーはカトリック教徒。メアリー支持派は、当時、ヨーロッパを席捲した無敵艦隊を有するスペイン国王、フィリペ2世。それに対してイングランドは英国国教会(プロテスタント)。イングランド女王はプロテスタントということなり、ここに対立の構図ができあがります。エリザベスもメアリーも、そして取りまきの者も「神はきっとそうお考えになる」「神はお許しにならない」という思いによって行動します。
たとえば、象徴的な部分を紹介すると次のような場面があります。
まずは、無敵艦隊とイングランド軍の海戦の場面で、無敵艦隊を指揮するスペインのメディナ・シドニア公に、フィリペ2世から届いた手紙。
「メディナ・シドニア公の船の側面に小舟が近づいてきて、国王の使者が手紙を携えて舷側を上がってきた。スペインではとぎれなくミサが続いており、聖人に祈願が行われている-国じゅうが祈りを捧げている。フィリペはそう記していた。世界は勝利を待ち望んでおり、神は神聖な使命の失敗をお許しにならない、と。」[p.291]
次は、無敵艦隊を退けた二人の船乗り、ローリー(この物語で重要な役割を演じている)とドレイクの会話。
「無敵艦隊は敗北し、イングランド軍の戦線を破れずに北へ逃走し始めた。ローリーはドレイクを探しだし、二人は勝利に酔いしれて抱き合った。
『君はずっと正しかった』ローリーはドレイクの背中をたたいた。『神はプロテスタント教徒だよ』」[p.315]
こういった小説を読むと、「信じる者は救われるというが、本当なのだろうか」と考え込んでしまいます。スペインとイングランドの戦いでも、フィリペ2世は「神は神聖な使命の失敗をお許しにならない」といっておきながら、失敗してしまいます。お許しにならないのはフィリペ自身であって、フィリペに処罰されるのは神を信じているシドニア公なのではないか。シドニア公は本当に神に救われるといえるのか。そして神とはいったい何なのか。
ストーリーや会話も面白かったことは面白かったのですが、ちょっと前に読み終えた『日本の10大新宗教』の影響なのでしょうか、どうしても宗教を考えずに読み進めることができませんでした。
ところで、この本は映画に基づいていると書きましたが、先日、上京した折、地下鉄駅に2月16日から公開されるというポスターが貼ってありました。本の表紙にも使われているエリザベスの姿が妙にインパクトがありました。こりゃ、観ないわけにはいきませんかね。
さらにもう一つ。最初に紹介したMARY, QUEEN OF SCOTS。帰国後、日本語字幕でしっかりと観たいと思い、当時、あちこち調べましたが日本語版DVDもビデオも発売されていませんでした(邦題『クイン・メリー/愛と悲しみの生涯 』)。今日、改めて調べてみたのですがやっぱり日本語版はなさそうです。こちらももう一度観たい映画です。