学生時代に読んだ論文の中で、いまだに引っかかっていることがあります。その論文はスチュワードシップとアカウンタビリティにかかわる内容の論文でした。
 引っかかっていることというのは、企業は誰から財の提供を受けているのかを議論するくだりで、投資家や債権者からはお金を、人間からは労働力を、という説明がされていました。問題だったのは、土地は神(God)からその使用権を委託されていると説明されていたことでした。
 その論文は会計の論文で、精神世界を説く論文ではありません。ちょうど自分の論文で、その論文のその箇所を引用しようと翻訳していたのですが、最後の「土地は神(God)から」の一文で、引用を断念してしまいました。

 さて、最近、新聞の広告でしばしば宣伝されていたので思わず手に取った本があります。

 島田裕巳『日本の10大新宗教』(幻冬舎新書、2007年11月)

 本書は、明治期以降に誕生した宗教(団体)を、その誕生や歴史、教義、中心人物の生い立ち、現在のありようを紹介したものです。
 当然のことながら、この中には、馴染みのある宗教団体名もあれば、初めて聞く団体名もあります。文化庁の調べによれば、全国展開している宗教法人は400を超えていますので、島田氏も触れていますが、その中から10の団体を選ぶのはかなり無理があることではあります。とはいえ、面白いのは、西日本で生まれ、活動を広げて行っている団体が多いと思われる点です。歴史的に宗教が盛んな地域だからでしょうか。
 ところで、もう一つ、新宗教の盛衰に関して、経済環境と結びつけて総括した部分が興味を惹きました。
 宗教ブームといわれて、一時期、メディアが取り上げるほど目立った活動をしていた団体でさえも、現在では新たな信者を獲得できていないと指摘し、その理由を次のように総括しています。

「新宗教がその勢力を拡大するのは、社会が混乱した状況や過渡期にあるときで、とくに経済発展が著しいときに伸びていく。その点で、現在の状況は、新宗教が活況を呈するものにはなっていない。高度経済成長の時代に勢力を拡大した教団も、信仰をいかに下の世代に継承していくかで苦労している。」[p.211]

 その宗教が生まれたての頃は、日本全体の経済環境はそれほど意識していないのかもしれません。せいぜいその地域の生活レベルが貧困であるという程度でしょう。あるいは不治の病の方が身近にいる程度でしょう。しかし、その教えをもっと多くの人に伝えたい(布教)ということになれば、地域や病気という要因だけでは足りません。そこには、やはり日本全体の経済環境が影響を及ぼすことになるのでしょう。 
 上記の引用の直前には、次のようなことも紹介されています。

「日本の新宗教は、むしろ経済発展が続く海外の諸国でその勢力を拡大している。日本では衰退しつつある教団でも、海外ではめざましい発展をとげている例がある。それも、海外の諸国では、日本で新宗教を爆発的に拡大させた高度経済成長と同じことが起こっているからである。」[p.211]

 日本で立ちゆかなくなっている新宗教が、新たな信者を獲得するために海外に進出しているというわけです。
 日本の新宗教に限らず、同じことは、洋の東西を問わず、1,000年も2,000年も歴史を持つ宗教でも行われて来ましたし(それが現在では軋轢を生んでいることも知られたところです)、新宗教が海外に進出することには、違和感はありません。しかし新宗教が海外に進出できるだけの財を有する、ということにちょっとした驚きを覚えました。

 宗教の問題は、きわめて個人的な問題で、日本においては、法で信教の自由が保障されているわけですし、どれが良くてどれが悪いとはいえません。どこかの誰かのように、仏教系で学びキリスト教系の職場にいるという輩もいるわけですし。
 宗教に関して、そんな自由な環境の中で生活すればするほど、学問の世界に、当然のように神との関係を持ち込む発想をどのように理解すればいいか、大いに苦しむことになります。