研究室が同じフロアであるI先生やS先生とは一緒に食事(昼食)をとる機会が多く、お二人は法律プロパーなので、食事中の雑談の中で法律がからむ事件・事故に関する話題が出てきたりすると、門外漢の小生にもわかりやすく解説してくれたりします。そんなときは「なるほど」と思ったり、あるいは話を聞くまで知らなかったなどということもしばしば。
 つい先日も、ある労働委員会から出された不当労働行為の命令文のなかに、「被申立人は、本命令書(写し)受領後速やかに、下記文書を申立人に手交するとともに、縦1.5メートル・横1メートルの大きさの白紙に、楷書で明瞭に記載し、○○(場所)に10日間棄損することなく掲示しなければならない(文書に記載する日付は、被申立人が申立人に対して、本文書を手交・掲示した日とすること)。」という主文(の一つ)について、「縦1.5メートル・横1メートルの大きさの白紙に、楷書で明瞭に記載し」という具体的な命令が書かれていたことから「こんな主文もあるんですね。」と驚いていると、すかさずS先生は、メールで「それはポスト・ノーティスというものです」と教えてくれ、しかも辞書的意味まで送ってくれました。具体的な命令それ自体に驚いていたのですが、その記載内容にポスト・ノーティスという名前が付いていたことを聞いて二度ビックリでした。
 さて、昨日今日と読んでいたのがこれ。
 永嶺超輝(ながみね・まさき)『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書、2007年3月)
 生協で何気なく新書コーナーを見ていて手に取りました。
 「裁判官」という、お堅い仕事をしている方々の「爆笑」「お言葉」ですから、どんな話だろうと興味が湧くのは小生ばかりではないでしょう。
 この本、見開き右ページにその「お言葉」が、左ページに永嶺氏の「感想」という構成で、おおよそ100の「お言葉」が収められています。
 一言でいえば、そのタイトルとは裏腹に爆笑できるものはありませんでした。法曹を目指し、そして裁判を傍聴している永嶺氏ならば、厳粛な判決言い渡し後に語られる説諭や付言、あるいは質問などが、判決とは違って人間臭さがにじみ出ている、そこが面白いのだということになるのでしょうが、これまでに実際に裁判を傍聴したことがない小生には、それらの「お言葉」が「爆笑」できるような感覚にはなれません。むしろ、罪の重さに比べて量刑が軽い場合に発する裁判官の苦しさが随所に見られ、それこそ人間臭さが感じられます。
 この点に関して、たとえば、永嶺氏は次のような感想を述べています。

 こうやって裁判官の言葉を集めていると感じるのですが、心情的には重い刑を言い渡したいのに、量刑相場がそれを許さないという「板ばさみ」に遭ったとき、担当裁判官は被告人に向けて、一段と強烈な非難のメッセージを浴びせるような印象を受けます。それによって量刑の軽さとのバランスを取ろうとしているのでしょうか。[p.81]

 この感想が書かれた裁判は、K県警が組織ぐるみで、現職警部補による覚せい剤使用の事実を揉み消したとされる事件で、犯人隠避の罪などに問われた元県警本部長に、執行猶予つきの有罪判決を言い渡した裁判です。
 この裁判の裁判長は、判決言い渡し後、次のように説諭しました。

 「罪は万死に値する。」

 10,000回死ぬのと同じほど重い罪。この言葉自体はどこかで聞いた気がしますが、実際に裁判で使われるとあまりに衝撃的な「お言葉」に聞こえてしまいます。
 この本には、このような「裁判官たちの生の声」が収められているわけですが、永嶺氏は、これらの声を自身のブログで紹介しています。
 さて、皆さんは「爆笑」できるでしょうか?