1968年、地下に神戸高速鉄道が開業、
新開地駅ができて神戸電気鉄道の始発駅となるが、
地下コンコース内で阪神・山陽・阪急への
乗換が完結してしまう構造であるうえに、
神戸市電が廃止されたことで人通りはかえって減少した。
これに、1970年(昭和45年)半ばに神戸港沿いの
川崎重工業造船所の縮小で街は寂れる一方となった。
そして、映画と実演の神戸松竹劇場や
演芸場の神戸松竹座などが次々と閉鎖され、
代わってパチンコ店が建設されていく。
「ええとこ」と謳われた聚楽館も閉鎖された。
残った映画館もまた成人映画を主体に上映するようになり、
顧客誘致のため設けた商店街のアーケードがかえって
暗い雰囲気を醸しだしていた。
福原地区とともに風紀が乱れていき労務者が
車座で飲酒する風景もあった。
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