さぁ。
鬼龍院翔(さん)論。
これです。
私がアメブロを始めた理由は、
熱く、そして長々と語る為なのです。
Twitterもいいし、更新頻度は確実にTwitterのが多いでありましょうが(^-^)
私が語りたい事、第一弾。
鬼龍院翔(さん)論。
まぁ、論ちゅうほど堅苦しくもないんですが。
(本人がエゴサしてるかもしれない事を考慮して予防線を張りますよwww)
まず、私がなぜ鬼龍院翔に惹かれるのか。魅せられてしまうのか。
私が最初に彼の音楽に触れたのは、「抱きしめてシュバルツ」だったんですが、
聴いた瞬間に「あぁ、きた。天才や。」と思ったんです。
ここで論理的な事は言えません。専門家じゃないので。ただ、私の感覚的にそう思ったんです。
そこから私の中で怒涛の金爆祭り、鬼龍院翔祭が開催され現在に至ります。
私は音楽を聴くとき、歌詞をものすごく重要視します。特に邦楽は。
彼の歌詞には、「綺麗事」がない。
恋の歌にしても、ドチャクソに暗い歌にしても、
彼の歌詞はどこまでも個人的でどこまでも彼の心に忠実です。
でも、その歌詞に私は(ファンは)共感し、共鳴し、慰められ、時に怒り、泣き、もう大変な騒ぎになるわけです。中々そんな歌詞をかける人っていないんじゃないかなと思うわけです。
彼は曲の中に、悲しみ憂い、妬み嫉み、怒り苦しみ、湧き上がるリビドーをわちゃわちゃと詰め込んでるんだと思います。
聴き手はそれを受けて思うわけです。
「ああ、この人も一緒だ」って。
金爆ファンの中に、「この曲は私の事だ」って勝手に思ってる曲の一つや二つあるのではないでしょうか。私もあります。
この謎の共感覚は何故生まれるのか。
それは「綺麗事」がないからって事なのかなって思います。
例えに「ドンマイ」の歌詞を頭に思い浮かべてください。(知らない人はグーグル先生に聞いて!歌詞って勝手に書いたらダメでしょ??)
普通、誰かを慰めるとしたら、「いぇい、悩んだってしょうがない、前向こうぜぃ、いぇい、明日は明日の風が吹くぜ、ウォウイェー」みたいな事書くじゃないですか。
これって、根明のウェーイ属性だから言える話で。
「ドンマイ」には、落ち込んでる相手を無理に前を向かせようとする表現は一切ないんですよ。
ワンフレーズだけあげるとするなら、
僕も同じだよ
これです。
これが彼の歌詞の真髄です。
長々と書きましたが、私がここまで語りたくて尊敬して、ある種嫉妬している人は鬼龍院翔さんただ一人です。
たまに、思い出したように鬼龍院翔さんについて語る事があるかもしれませんが、超個人的見解だから許してwww BBAの独り言くらいに思ってください(^-^)
なお、タイトルと内容が必ずしも一致するとは限りません。ふざけてます。
ここまで読んでくれた貴方、貴重な時間をありがとう!!(^-^)
では、また!