〝あの頃シリーズ〟ブログ、今回のお品書きの最後は1stアルバムのBLACK LISTについてです。

 

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BLACK LIST

 

Acid  Black Cherryの最高傑作アルバムはどれ?

と聞かれたら、人それぞれ、と答えるでしょう。

 

Acid Black Cherryを見つけて、愛してくれた人の数だけ物語がある筈なので、皆様が心の中でそれを決めてくだされば本当に嬉しく思います。

 

でも、yasuの最高傑作アルバムはどれですか?

と聞かれたら、僕は迷うことなく「BLACK LIST」と答えます。

 

前出の「冬の幻」のAメロの件や、歌詞のディレクションなど、いくつかのアイデア出しはあっても、ことこのアルバムに関しての僕は、プロデューサーとは本当に名ばかり。

ほぼ純度100%のyasuが詰まった作品、

それが「BLACK LIST」です。

 

2006年の5月31日、イベント出演を最後にJanne Da Arcの活動を実質的に止めざるを得ない状況になりました。

きっと、Janne Da Arcはそれまでのyasuの人生の全てだったから、以来、大切過ぎて聴くことも触れることも出来ない、音楽すらも遠ざける日々を送っていたのだろう、と僕なりに理解してます。

 

当たり前ですが、ソロでの音楽活動なんて、その時のyasuの頭には露ほどもなかった。

 

でも。

動きのないバンドの異変に気づいたJannerの方々からの熱心な手紙に励まされ、勇気づけられ、背中を押してもらい、もう一度音楽をやろう、

そう決意を固めた、と聞きます。

 

そのときのyasuの想いを歌にしたのが、

「君がいるから」です。

 

今でこそ、TEAM ABCはもちろんのこと、yasuを応援してくれる全ての皆様に宛てた感謝の歌ですが、「君がいるから」の最初の〝君〟

それは、紛れもなくJanne Da Arcのファンの皆様です。

 

Acid  Black  Cherryになったyasuが、無名の新人としてビラ配りをしたり、名を伏せ、完全シークレットで全国のライブハウスを回ったり、そして、Janne Da Arcについて多くを語らないのは、

 

〝丸めた背中を押してくれた〝君〟に、

立派になった背中を見せたくて〝君〟に甘えない〟

 

そう決めたから、だと僕は思っています。

 

だって、Janne Da  Arcのyasuのソロが、内容も結果も〝君〟に恥じるものであってはならないでしょ?

〝君〟に情けや義理で聴いてもらうような作品であってはならないでしょ?

 

そのとき、yasuが感じていたであろう重圧は、今でも僕は想像すら出来ません。

 

その重圧を跳ね除けるが如く、アルバムの制作に臨んだyasuの気迫は凄まじかった。

凄まじかったなんてもんじゃないな。

狂気でもありました。

 

彼の中でやるべきことは確実に見えていて、そこに辿り着くまでは何度もトライして絶対に諦めない。連日の徹夜は当たり前、日々、本当に魂を削って「BLACK LIST」を作り上げました。

 

評判も良かった。結果も出た。

 

でも、しばらくして心残りも産まれました。

 

それは音質です。

 

最後まで一切手を抜かずに作り上げた作品であることに変わりはありません。

なんなら一番、手間と時間をかけた作業がトラックダウンでした。

 

でも、僕らの経験不足や当時のテクノロジーの限界もあって〝音楽〟を追求するあまり〝音質〟がそれに追いついてないことに気づけませんでした。

 

構図も色も完璧な絵が描けたから、綺麗に額装したつもりが、肝心の絵を覆うガラスが、まさかの少し曇ってた、みたいな感じでしょうか。

 

LtOVES発足にあたり、せっかくの機会だから、心残りを全て解消しようと、自分たちが未熟だった頃に制作したアルバムに新たなトラックダウンを施しました。

 

17年の月日をかけてしまいましたが、ようやく本来の意味で、yasuの最高傑作、Acid  Black Cherryの原点、そう胸を張って言えるアルバムが完成しました。

 

「BLACK LIST」

 

〝君〟のお手元に置いて頂けましたら幸いに思います。