円高で広がる「黒田プット」への期待 再利下げ早くも織り込み

2016/02/05 14:33  日経速報ニュース    1514文字  
 金融市場の不安定な動きが止まらない。円相場は1ドル=116円台と、1月29日の日銀のマイナス金利導入決定前に戻ってしまった。急速な円高が進む中、市場では早くも日銀が追加緩和に動くとの観測が広がってきた。こうした思惑を背景に長期金利は再び過去最低を更新、複雑なオプションを絡めた取引も膨らんできた。
 5日の東京外国為替市場で円相場は1ドル=116円台後半の円高水準を付けている。前日の海外市場では、米経済指標の悪化をきっかけに米利上げ期待が後退し、主要通貨に対してドル売りが強まった。円相場は一時116円台半ばと1月21日以来約2週間ぶりの高値を付け、マイナス金利導入後の円安効果が帳消しとなったばかりか、さらに2円以上も円高に振れてしまった。
 「黒田プットを期待した取引が広がってきた」。野村証券の松沢中チーフ金利ストラテジストは、急速な円高をきっかけに債券やオプション市場で、黒田東彦総裁の次の一手を期待した思惑的な取引がにわかに膨らんでいると指摘する。
 黒田プットの語源は株価の下落で損失を抱えても利益を得られるデリバティブ(金融派生商品)の「プット」。かつて米連邦準備理事会(FRB)、グリーンスパン元議長が株式相場を支える金融政策を取ったことから、「グリーンスパン・プット」の異名を取った。これまで幾度も大規模な追加緩和で円高・株安を食い止めてきた黒田総裁も、かつてのグリーンスパン議長のように金融市場を支えてくれるのではないか――。こんな期待が市場で広がっているという。
 こうした期待を背景に長期金利の指標となる新発10年物国債利回りは5日に一時0.035%と、過去最低水準を再び更新。ゼロに一段と近づいた。中短期債にも資金が流入し、新発5年物国債利回りは一時マイナス0.180%、新発2年物国債利回りは一時マイナス0.195%と、それぞれ過去最低利回りを更新した。
 日銀が導入を決めたマイナス金利が実際に適用となるのは16日からで、まだ10日以上も先だ。ところが政策金利の先行き予想を示す「翌日物金利スワップ(OIS)」と呼ばれる取引では、今後日銀がさらに追加緩和に動く可能性を2~3割の確率で織り込み始めている。こうした思惑的な動きが現物債市場の金利の押し下げにつながっている面もある。
 オプション市場では円高進行と追加緩和を組み合わせた取引も広がっているようだ。例えば115円を超える円高が進んだ場合に日銀が追加緩和に踏み切り、その後は一気に120円まで円安が進むというシナリオを考えた場合、115円を超えた場合にだけ117円台で円買いできる権利が発生する条件を組み込んだオプションをあらかじめ大量に仕込んでおく。実際にその通りに相場が動けば、差額分がもうけになる。また発動条件に限定をかけているこうしたオプションの場合、料金も安い。「その分当たった場合のもうけも大きい宝くじ的オプション」(みずほ証券の鈴木健吾チーフFXストラテジスト)という。また、為替や株価の動き次第で運用結果が変わる仕組み債など、デリバティブを活用すればこうした商品はほぼ無限に作れるという。
 今のところこうした「緩和トレード」を膨らませているのは海外ヘッジファンドなどの投機筋が大半とみられる。「国内の機関投資家がこうした複雑な商品でアグレッシブに利益を狙うという例はほとんど聞かない」(JPモルガン証券の山下悠也債券ストラテジスト)という。ただ、国債の利回りが急速に低下し、先行きも読みにくい中、多くの投資家は運用難にあえぐ。黒田総裁への期待にすがった取引が今後日本の投資家の間で広がってもおかしくはないかもしれない。(浜美佐)