一回生も後期になり、地元でバイトもしてなかったので、大学の掲示板に行った。
人前に出るのが億劫だったなで、皿洗いでもと探した。
江坂に『九舟(きゅうしゅう)』と言う割烹料理屋が募集していたので、電話して面接に行った。
3時頃やったか店に行ったら、若い板前が仕込みをしていて、ママは7時頃になるので、その頃に来るように言われた。
その時間に行き、その日から働いた。
板前二人と、お祖母さんのバイト、ママの四人やった。
メインはフグ料理で、高級なお皿が一杯あり、皿洗いして割ったら大変。
板前長は独身で、女好き。若い板前も女好きで、少し変。
バイト内容は、皿洗い・大根擦り・座敷の後片付けと板前の修業のような内容。
たまに手隙のときは、板前と雑談をしながら、焼酎の水割を飲んだ。これが初めての焼酎だった。
たまにお客さんが残したフグの白子があり、板前は”猿の脳みそ”だと説明した。その時は信用して、食べろと言われたが拒否した。
そんな日々が続き、いろんなエピソードが盛り沢山。
ちなみにバイト料は時給900円で17~23時で一日5400円になり、月にしたら10万円近くになった。
4月になり入学式の為、登校し先ずは学部の教室に入り、その後入学式だったが、何故か行かなかった。廻りは二歳年下がほとんどで、その年頃では二歳違うと幼く見え、こいつらと同級生になるのかと静観した。
工学部だったので廻りは野郎ばかり。女子は僅か三名で決して可愛いとは程遠い人達だった。
入学式が終わり、校門に向かうところで応援団に勧誘され、先ずはテーブルに座り、話を聞いていたら、応援団員がいきなり怒り出し、何かと言うと、私の態度が悪いと言い掛かりをつけた。こちらも応戦して、ぶち切れた。それから何日してから本格的に講義が始まり、すでにやる気の無い私は、一日座っていることが出来ず、帰宅していた。結局、サークルにも入らず、京都でのバイトに勤しんだ。
そんな日々が続き、一回生の頃の記憶は余り無く、薄いものだった。
4月からの新生活の準備として、まずは下宿探し。
大学が吹田市で、親戚も同市にいたものだから、大学からは二駅離れているが、その近辺で探そうと思った。また大学近くに下宿借りると溜まり場になるのも嫌やったし。
大学から二駅のところで下り、親戚宅方向にあても無く歩いて行った。
親戚宅まで徒歩30分掛かるのも、その時判明した。
とにかく、土地勘も無いのでひたすら歩いた。
通り掛かりの、うさん臭い不動産屋に入り、ガラス引き戸をガラガラと。
家賃は安ければ良いかと20000円のところに決めた。風呂無しで1DKやったかな。手付金として1ヶ月分の家賃を払った。
そのまま親戚宅に行き、下宿先を説明したら、一喝!
気にもしてなかったが、下宿の裏は墓場で、下宿というより一般の文化住宅で、後から親戚の叔母さんが解約に行ってくれた。当然、手付金は返らぬものに。
では、何処に住むかというと、親戚の叔母さんが知人の下宿を紹介してくれた。
しかし、ここも風呂無し、トイレ無しの六畳一間。一応、流しとコンロが置けるスペースはあった。何と家賃は一万円!
その後、田舎に帰り中型二輪車の免許証をとり、吹田で、当時人気のCBXを48万円のフルローンで購入した。
京都から吹田への引越しは、京都にいた同郷の同級生に2㌧トラックをレンタカーして、引越しした。ここまでが入学式を迎えるまで。