◆練習のための練習はするな いつも試合をイメージさせろ!
静学スタイル・井田勝通 p63
うまくなるためには、多くの練習を積み重ねなければならない。それはどの指導者も選手も考える、当たり前のことだ。 俺もそういう信念を持っているから、学園で指導を始めた頃には1日四部練習もやったし、選手権準優勝の後、勝てなくなった後からは早朝練習も取り入れた。まだ夜も明けていない朝5時から、学園のグラウンドや草薙総合運動公園でリフティングやフェイントの練習をする選手たちの姿は、地元でも有名だった。 俺自身も「ボールを100万回蹴れ」がモットーだったから、どんなに前の晩、深酒しても、必ず朝起きてグラウンドへ行った。照明が使えない時には自分の車のヘッドライトをつけて、その明かりを頼りに子供たちにボールを蹴らせたもんだ。その練習量の多さは半端ではなかったと思う。 ただ、練習というのは単に長時間やればいいというものではない。 それに改めて、気づかせてくれたのが、将棋の廣津久雄九段。2008年に亡くなってしまったが、人格的にも素晴らしい人物だった。 その廣津先生に以前、こんな質問をしたことがある。 「羽生(善治)はなぜこんなに強いんですか?」 これに対する回答は斬新なものだった。 「練習のための練習をしてないからだ」と。 当時は80年代後半。羽生がまだ18歳くらいで、最初の旋風を巻き起こしていた頃だ。そんな若者にとって「練習=試合」というのは、驚きに値する事実だった。それが自分にとっての大きなヒントになり、練習と試合を同じ感覚で見ることにしようと考えたんだ。 例えば、練習中の紅白戦1つ取っても、試合を想定しながら采配をする。1人の選手を最終ラインから中盤、前線へと上げていくように、あるポジションで機能しなければよそへ移すことを頻繁にやるようになった。年齢や学年に関係なく、見どころのある選手だと思えばすぐにピッチに送り出す。実戦の場で使えるかどうか判断して、行けると思えば、すぐに試合に使うんだ。そういう大胆さが自分自身の中に芽生えていった。 普通の監督は、練習ゲームで少しずつ使っていって、多少できると思えば、実際の試合で5分、15分、45分とプレー時間を少しずつ伸ばし、雰囲気や環境に慣れるように仕向けていく。そういう使い方はあくまで練習。Jリーグでもそういう監督の起用法をよく見かけるけど、羽生のような突出した選手にはならないと思う。 そういった思い切った起用にトライして、プロになった選手の1人が南雄太(横浜FC)だ。 南は東京出身で、中学生までは読売サッカークラブのジュニアユースに通いながら、中体連でバスケットボールをやっていた選手だった。ヴェルディでは2つ上に小針清允(現帝京大学サッカー部GKコーチ)がいて、正直、そこまで期待された存在ではなかった。 そんな南がに本気でサッカーをやりたいという気になって、俺のところに来た。 練習をさせてみたら、シュートに対する反応はいいし、メンタル的にも強い。直感的にいい選手だと思った。 「お前はバスケットをやっていたから、全部手で投げろ」と指示した。それがあいつの大きな武器。学園の攻撃サッカーの起点になれると判断したから、俺は1年のうちから選手権のメンバーに入れ、正守護神としてゴールを守らせた。 平成7年の選手権優勝チームは森山敦司、桜井孝司、塩川岳人と攻撃的な選手が多かったけど、守りの方はボランチの石井俊也とセンターバックの森川拓已がコントロールしていた。その背後に南が入って守りも落ち着いたし、何よりスローインの精度が高くて、ビルドアップに貢献してくれた。準決勝の東福岡、決勝の鹿児島実業と本当によく戦ってくれた。 それを理解していないテレビ局のスタッフが「南選手はボールが蹴れないんですか?蹴ったところを見たことがありません」とバカな質問をしてきたことがある。 俺は本当にサッカーを知らないなと思った。 「学園はボールをつなぐためにわざとボールを投げさせている。あいつはもともとバスケットをやっていたから、肩が強いし、遠くまでボー‘ルを投げられる。投げたボールっていうのは、蹴ったボールと違って敵に渡る心配はない。学園のペースでずっと試合を運べるんだよ」と説明してやった。 当時は[ボールポゼッション]なんて気の利いた言い方はまだ日本全国に浸透していなかったけど、その走りだった。南にはそれだけの能力があると見抜いたから、練習の時から試合のように扱い、本番で活躍するように仕向けたんだ。 南は高校生のうちに日本ユース代表に選ばれ、97年ワールドユース(マレーシア)に飛び級で出た。柳沢敦(現鹿島アントラーズコーチ)や明神(智和=カンパ大阪)、中村俊輔たちと一緒に戦い、ベスト8進出に貢献した。卒業後は柏レイソルに行き、99年ワールドユース(ナイジェリア)準優勝と順調なステップを踏み出したと思ったけど、日本代表監督のフィリップ・トルシエと相性が悪くて、日本代表にはなれなかった。それでも学園に来たことで大きく飛躍した選手の1人であることには変わらない。 選手権みたいな大舞台で勝とうと思うなら、練習‥‥試合という位置づけで毎日を過ごしていかないと、本番になったら絶対に持てる力の全てを出し切れない。練習は練習だと割り切っているようじゃ、勝てるチームも作れないし、大舞台で戦える選手も作れない。 そのことは肝に銘じたほうがいい。 |