COACH'S COLUMN「指導者としての資質」

歴史に名を残す、偉人や英雄、名将と言われる人物の生き筋から、指導者に必要な資質が見えてくる。昔から俺は、いろんな人物の伝記やその人に関する書物を好んで読んできた。指導者になってからは、自分の糧になるように意識的に触れてきた面もある。そこには指導者として生きるうえでのいろんなヒントが隠されているからだ。現代の指導者が理想とすべき人物をひどり挙げるなら、戦国武将の織田信長だろうか。
織田信長は家臣から「うつけもの」と言われていたが、実際の彼は、瞬間的な状況判断に優れ、分析力、実行力を備えていた。世紀の奇襲と言われ、日本の歴史上、最も華々しい逆転劇のひとつと言われる桶狭間の戦いで、今川義元率いる20万の大軍に対し、織田信長が10分の1の兵力で勝利を飾った話はあまりにも有名だ。
奇襲というのは、確かな情報収集能力や分析力がないと実現しない。桶狭間の戦いで織田信長は、自分と相手の戦力を的確に把握し、そこでどうやったら勝てるかという方法を瞬時に判断し、勝負を仕掛けたんだ。優れた指導者は、苦境に立たされた時にこそ、工夫を凝らし、打開策を見出していく。
サッカーでも、流れの悪い時はあるし、試合前から圧倒的に不利な状況の場合もある。そういう時にこそ、指導者としての資質が試されるんだ。
また、織田信長は先見の明も持っていた。戦いのなかにいち早く鉄砲を取り入れ、しかもそれを効率的に使ったんだ。彼には、周囲の人には見えないものが、見えていた。サッカーでも、新しい戦法、スタイルというものをいち早く察知し、それをどのように自分のなかに取り込むのか、ということが重要になるんだ。

「眼力、知力、度量、アイデンティティ……、
指導者に必要な資質は様々あるが、
それは日々の積み重ねで染み込んでいくものだ」

資質を具体的に挙げるなら、まず眼力だろう。選手の素質、また心の内を見る眼、あるいはサッカーがこの先、どのように変化していくのかを感じられなければならない。
ふたつ目は知力。物事に対する見方であったり、洞察力といったものだ。
3つ目は度量。チームが困った時にドッシリと構えて、びくともしない深みや幅。人の心をつかむ人心掌握術もなければいけない。
4つ目として、自分をコントロールするカも必要だ。風邪をひくようでは指導者は務まらない。俺はこの40年間、風邪で寝込んだことなんて一度もない。
そしてアイデンティティ。ひと言で表わすのは難しいが、要するに自分がどんな人間なのかということを理解していないといけない。
さらに、最後に付け加えるなら運だ。それを自分のところに引き寄せられるか。野球界の名将、野村克也さんは、「負けに不思議の負けなし、勝ちに不思議の勝ちあり」と言ったが、まさに、運に勝敗が左右されることもある。その運を引き寄せられるかというのも、資質のひとつに挙げていいだろう。
いろいろと述べたが、それらを生まれながらに持っている人というのは、いないと思う。やはりコツコツと磨いていくしかないんだ。このコラムで何回も言ってきたが、志を立てて、夢を持って、それに対して重荷を背負って生きていくなかで、地道に積み重ねていくもんだ。自分の生き筋を考え、困難に直面しても、一つひとつそれを創意工夫しながら打ち破り、そのなかで勝利を重ね、実績を築いていく。それができている指導者のところには、自然と人材が集まって来るものだよ。
俺自身、まだまだ指導者としての資質を語れるような人間じゃないと思っている。だからこそ、まだまだ、これから自分を高めていこうと日々を過ごしている。その積み重ねによって、指導者として様々なことが自分の身体に染み込んでいき、人間としての幅を広げてくれると思うからね。
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