ボールが完全に静止していなければ、それはミス。風間八宏監督が語る「止める」の定義

ミリメーターで「止める」技術はバルセロナの選手でもできているかわからない 風間八宏
『フットボール批評issue16』より一部転載
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「今日も対面パスの練習を見た記者から、『基礎練習をしている』という話が出たんだけど、我々がやっているのはミリメーターの話であって、バルセロナの選手だってちゃんと出来るかどうかわからないよ」

 15メートルほど離れてインサイドキックでパス、それをコントロールしてパスという練習を名古屋グランパスの選手たちが黙々とやっていた。確かに見た目は小学生がやるようなトレーニングである。ただ、風間監督が要求しているのは完璧に止める技術だった。

「止めるというのはボールを静止させることです。ボールが動いていれば、それは『運ぶ』。止めると運ぶの中間はすべてミスです。意識しないでボールが動いているならそれはミス。まずはどうやって止めるのかを私が見せます。それで納得してもらって皆に実行してもらうのですが、すぐできる人はほとんどいません」

 単純なグラウンダーのパスを風間さんと同じように止められないというのは不思議に思うかもしれないが、実は止め方が違う。多くの選手はインサイドの「面」で止めることに慣れているのだが、風間さんは「点」で止める。

 そして、「点」で止めることを要求している。だから単純なパス練習でも決して簡単ではないのだ。

「親指の下に出っ張っている部分がありますよね。そこでボールの中心より上を触るんです」

 ボールには、その運動をオフにするスイッチがある。それはボールの中心より上の一点で、そこに触れるとどんなに速いボールでもピタリと静止する。マジックではなく物理の話だ。足と地面でボールを挟むことを想像していただければいいと思う。足と地面の間にボールが挟まってしまうポイントがある。実際にボールを挟んでしまうと次のプレーがしにくくなるから、ボールのオフスイッチはそれより気持ち下だ。

「昔はね、足でボールを挟めと教えられました。インサイドで地面に屋根をかけるようにして、足と地面の間にボールを挟めば静止すると。ただ、この方法だと自分の体の下でしかボールを扱えない。自分の体の前でも、あるいは動きながらでも、ボールを止めるには面ではなくて点で触るほうが有利です」

ボールの『オフスイッチ』を足の一点で触ればいい

 多くの選手はボールを面でとらえようとし、さらにボールの中心を触ろうとする。しかしそうなると、速いボールに対しては足を引く動作が必要だ。

 自分が静止しているなら問題ないが、動きながら足を引くのは無理がある。また、自分の体より手前でタッチする場合に面の角度が変わるので、ボールの下にタッチして浮かせてしまう、シューズのソールに当ててしまうという失敗が起こりやすい。一方、ボールのオフスイッチを触るだけなら体の下でも前でも扱えるし、動きながらでもできる。

「ズレたときの修正もしやすい。ズレたなと思ったら、指に引っかかるので調整がしやすいんです。面で扱うのは安心感がありますが、結局は面といっても面の中の点に当てているわけで、面という意識では点がわからないままになります。面で止めようとして面を
逃したら修正は利きません」

 これはわかりにくい話かもしれない。風間さんはボールのオフスイッチを足の「点」で触れと言う。風間さんの場合は「親指の下の出っ張っているところ」だが、実は触る部分はどこでもいい。オフスイッチに足の一点で触ればいいだけだ。

 例えば、小さなボタンを押す時に手の平で押せばどこかに当たってスイッチは押せる。けれども我々は日常的に指でボタンを押している。多くは人差し指だろう。そこが風間さんの言う「親指の下の出っ張り」になる。

 そして、その「出っ張り」でないところにボールが当たってしまった場合、例えば親指にボールが当たってしまったとすると、それは指の感覚で調整ができるというわけだ。面だと、その調整が難しい。面といっても真っ直ぐでなく湾曲している。アーチのどこかには当たるだろうが、当て方を間違えたときに修正はほぼ無理で、そもそも点に触る感覚がなければ間違いも起きやすい。点を面で捉えるよりも、点を点で抑えるほうが、難しくみえて実は確実だというのが風間さんの理屈である。

「私が見本を見せて、じゃあやってみようとなっても、なかなか出来ませんね。出来ないから練習するわけで。上手くいかないのは、どこに触ればいいのかわからないのが1つ。ボールの上に触っているつもりで下にタッチしてしまう。当然、ボールは浮きますよね。

 あと多いのが叩いてしまうパターン。これがすごく多い。触るだけでいいのに叩いてしまうので、上には触れているのだけどボールを叩きつけて結局浮いてしまう」

技術論を感覚のまま放置しない。感覚を感覚でなくすために言語化する

NAGOYA, JAPAN - APRIL 08: Head coach Yahiro Kazama of Nagoya Grampus looks on during the J.League J2 match between Nagoya Grampus and Kamatamare Sanuki at Paroma Mizuho Stadium on April 8, 2017 in Nagoya, Aichi, Japan. (Photo by Koji Watanabe - JL/Getty Images for DAZN)

 プロの選手がボールを止められないわけはない。ただし、「本当に止まっているのか」といえば、実はそうでもない。風間さんと同じ方法で止めるのが合理的だとしても、いままで違う止め方をしていた選手には違和感がある。だから上手くいかない。では、風間監督はなぜわざわざ選手が失敗しそうな止め方をさせるのか。

「認識、実行、成功ですね」

 風間監督の指導の核心部分だ。感覚でプレーしていた選手たちに、まず新しい認識を与える。「止める」でいえば、足の一点でボールのオフスイッチを触るのが最も良い止め方であるということを知らせる。そして実行させる。それで成功すると、技術に対する見方が変わる。「止める」は最短時間での「蹴る」につながり、その時間の短縮がプレーのスピードを生む。また、何が止まっている状態かをチームで共有することで、タイミングを共有できるようになる。風間さんはこれを「目を合わせる」と呼んでいる。

 まず認識。実行して成功するまでの時間には人によって差がある。成功が見込めない人もいるかもしれない。ただ、風間監督はそれで構わないと思っているようだ。

「チームのキーになる選手には身につけてもらいたいけど個人差はある。センターバックの選手なら、少しボールを離してしまっても仕方がない」

 大事なのは感覚を感覚のまま放置せず、いったん言語化すること。それによってさまざまな気づきが生じる。そして、言語化して認識したものを再び感覚へ落とし込む。認識→実行→成功を手助けするのが風間監督の仕事であり、指導者としての真骨頂なのだろう。

「自分が止め方を意識したのは大学生のころでした」

 風間さんは自分で発見しているので、当然ボールのオフスイッチがどこかは感覚的に捉えられた。風間さんに教えられて始める選手は、感覚をつかむまでに相応の時間はかかるだろう。けれども、教えられなければ知らないままだったかもしれない。

 実際、佐藤寿人のようなベテランの大選手でも「知らなかった」という。若い選手にとっては、止め方を発見するまでひょっとしたら10年かかるか、知らないままで終わるかもしれないことを風間監督が教えてくれるというのは明らかにメリットである。

 また、たとえ自分がそのとおりにできなくても、チームメートができるなら、「いつ」が青信号なのかタイミングを共有することは可能になる。

 技術を定義する。止めるが定義されると、他の事柄も定義されていく。サッカーそのものが定義づけられていく。逆にいえば、止めるがあやふやなら全部あやふやになる。何も決まらない、定義のないサッカーになってしまう。

「技術論というと、皆さん感覚だと言うけれども、感覚を感覚でなくすことが大事。最後はもちろん感覚になりますけど、明確にしておくことです」

 風間さんと同じ方法で止めることを要求はする。けれども、形は同じでなくても構わない。明確にはするが、要は結果が同じならいい。

(続きは、フットボール批評issue16でご覧ください)