知っておきたい 人間を惑わす「4つの思い込み」〜「知は力なり」とはこういうことだ!
大人も受けたい瀧本哲史の感動講義2
賢者の知恵 瀧本哲史
最大のキーワード「知は力なり」

ニュートンのことはなんとなくわかりました。それでもまだ、疑問は残ります。
いったいなぜ、ニュートンは古典的な哲学から、数学という「あたらしい真理」へと方針転換をしたのでしょうか? 哲学が嫌いだったわけでもなく、昔の哲学者のことも心の友だと思っていたのに、不思議ですよね?
ここで登場するのが、ケンブリッジ大学トリニティカレッジの大先輩にあたる、フランシス・ベーコンという人物です。
ニュートンほど有名な人物ではありませんし、はじめて聞く名前かもしれません。いったいどんな人なのか、簡単にご紹介しましょう。
フランシス・ベーコンは、ニュートンが生まれる100年近く前、16世紀から17世紀にかけて活躍した、イギリスの哲学者です。でも、ベーコンのことを、ただ「哲学者」と呼ぶには少し抵抗があります。
わずか12歳でケンブリッジ大学トリニティカレッジに入学したベーコンは、法律家でもありました。しかも、法務長官や大法官(裁判官の最高位)を務めたほどの法律家でした。
そして彼は、政治家でした。しかも枢密顧問官として、国王にさまざまなアドバイスをする、現在の日本でいう官房長官のような地位に就くほどの大政治家でした。さらに彼は、科学者でした。もちろん、哲学者でもありました。
要するに、ひとつのジャンルでは収まりきれないほどの才能をもった人物だったのです。
そんなベーコンが残した、有名な言葉があります。
「知は力なり」
ベーコンは、「知識とはなにか?」という問いに対して、「力だ」と断言します。
人類を前進させ、未来を変える、圧倒的な「力」なのだと。
ただし、ベーコンはここで、ひとつの条件をつけます。
古代ギリシャの時代から続く、昔ながらの哲学には限界がある。学問の目標は、地位や名声を得ることでも、いばることでも、誰かを言い負かすことでもない。ほんとうの目標は、人類の未来を変えるような、発明と発見にあるのだ。それが「力」だ。
昔ながらの哲学では、誰かを言い負かすことはできても、あたらしい発明や発見にはつながらない。言い争いが続くだけだ。われわれは学問を再生し、学問を立て直さなければならない、と。
そこでベーコンが主張したのが、「観察と実験」の大切さでした。
ものすごくシンプルにいうと、こういうことです。
哲学者は、理屈をこねているだけだ。ちっとも現実を見ようとしない、ウソつきだ。もし、真理にたどり着くようなあたらしい法則を打ち立てたいのなら、自然(現実)をしっかり「観察」し、さまざまな「実験」を重ね、その結果をじっくり検討しなければならない。なんのデータもない口先だけの理屈では、世のなかを変えるような法則は出てこない。
いま、みなさんが聞いたら「そんなのあたりまえじゃん」と思うかもしれません。
理科の授業でやっていることを思い出してください。植物の成長記録、顕微鏡での微生物の観察、二酸化マンガンと過酸化水素水を使った化学反応の実験、ヨウ素液を使った光合成の実験などなど。まさに「観察と実験」ばかりですよね。
ベーコンは、議論をこねくり回す哲学ではない「観察と実験」の先に、未来を変えるような発明があり、発見があると考えました。
こうしてベーコンが唱えた、データ(観察と実験)を重視するあたらしい「知」の方法、事実を踏まえて、理論や結論を導き出すこの考え方は「帰納法」と呼ばれ、これこそがニュートンに受け継がれ、近代科学の基礎となっていったのでした。
人間を惑わす4つの「思い込み」
それではなぜ、哲学者でもあったはずのベーコンは、昔ながらの哲学を否定するような考えをもったのでしょう?
彼は、人間がおちいる「思い込み」の罠を恐れていたのです。
たとえばいま、みなさんがまっ赤なレンズのメガネをかけているとします。
そこから見える世界は、きっとおかしな色になりますよね? 白い壁がピンク色に見えたり、木々の緑が黒っぽく見えたり、およそ正確な色を知ることができなくなる。壁や植物の色だけでなく、信号の色さえわからないのですから、日常生活にも困ってしまう。そんなメガネ、すぐに外してしまうでしょう。
でも、自分の知らないうちに、それこそ赤ちゃんのころからずっと赤いメガネをかけていたら、どうなるでしょうか?
……そう、たぶん自分が赤いレンズを通して世界を眺めていることに気づかないまま、ほんとうの赤や青や黄色を知らないまま、「世界はこんな色なんだ」と思い込んでしまうはずです。
ベーコンは、こうした「思い込み」から抜け出さないと、ほんとうの「知」にはたどり着けないと考えました。
人間は、心のなかでどんな「思い込み」のメガネをかけているかわかりません。昔の人たちは、月にウサギがいると思っていました。池や川でおぼれるのは、河童が足を引っぱるからだと思っていました。雷が鳴るのは、雲の上でカミナリ様が怒っているからだと思っていました。そしていまのみなさんたちも、これとよく似た「思い込み」にとらわれている可能性は高いのです。
世界を正しく眺めるために、そして世のなかのウソにだまされないために、ベーコンが掲げた4つの「思い込み(彼はそれをイドラと呼びました)」を紹介します。
1 人間の思い込み(種族のイドラ)
みなさんも、一度くらいは迷子になったことがあると思います。どうして迷子になるのかといえば、建物や壁に阻まれて、自分の歩く先がよくわからないからです。
もしも人間が鳥のように空を飛べたなら、もう道に迷うことはありません。高いところから見れば、正しい道は簡単にわかりますし、そもそも「道」を歩く必要もないからです。
人間は、身体的な特徴、あるいは脳のしくみなどによって、なにかを知るうえでさまざまな制約を受けています。こうした「人間であること」に基づく思い込みのことを、ベーコンは「種族のイドラ」と呼びました。
たとえば、朝日や夕日は昼の太陽より大きく見えます。しかし、太陽の大きさが変わるわけではありません。これは目の錯覚で、ベーコンのいう「種族のイドラ」なのです。
2 個人の思い込み(洞窟のイドラ)
みなさんはそれぞれ自分だけの人格をもった、オンリーワンの人間です。生まれた場所も、育った環境も、趣味も、好きなアイドルも、それぞれ違います。
でも、この「みんな違う」という事実を頭に入れておかないと、おかしなことになります。「わたしはこう思う。だからこれは、みんなにとっても正しいはずだ」と、自分勝手な判断をしてしまうんですね。
サッカー部の人が「サッカーがいちばんおもしろいスポーツだ」と考えるのは自由ですが、それを野球部やバスケットボール部の友だちにまで押しつけてはいけません。なにがおもしろいか、なにが楽しいか、なにが正しいのか、といった考えは、それぞれの個人が自分で決めるべきものなのです。
あるいは、パソコンやインターネットを「子どもが触るものじゃない」と考える大人たちがいます。子どもはもっと外で遊ぶべきだ、パソコンで遊ぶなんて不健康だ、と考える大人たちです。
どうしてそんなふうに考えるのか?
答えは簡単で、彼らが子どものころにはパソコンもインターネットもなかったからです。「自分もそうやって育ったのだから、いまの子どもたちも同じように育つべきだ」と考えているんですね。
こうした自己チューな思い込みのことを、ベーコンは「洞窟のイドラ」と呼びました。これは、狭い洞窟のなかから世のなかを眺めているようなものだ、という意味です。世界はもっと広いのだし、時代は刻々と変化しています。人それぞれにたくさんの考え方があることを知りましょう。
3 言葉の思い込み(市場のイドラ)
みなさんの学校でも、いろんなうわさ話を聞きませんか? 「あの校舎の3階のトイレにはオバケが出る」とか「あの子とあの子はつき合っている」とか、たくさんのうわさが流れていると思います。
あるいはテレビやインターネットでも、芸能人のうわさ話を耳にするでしょう。
言葉とは恐ろしいもので、たとえ自分が経験していないこと、そしてありえないようなことでも、人から「あの先生とあの先生、ほんとうはものすごく仲が悪いらしいよ」と聞くと、思わずそれを信じてしまうようなところがあります。
こうした伝聞にまつわる思い込みのことを、ベーコンは「市場のイドラ」と呼びました。たくさんの人が集まる市場で、うわさ話が広がっていく様子から名づけられた言葉です。
たとえば、みなさんのお父さんやお母さんが若いころ、「ノストラダムスの大予言」といううわさ話が日本じゅうに広まったことがありました。1999年の7月に「恐怖の大王」が空から降ってくる、人類はそれで滅亡する、という話です。いまとなっては笑い話ですが、たくさんの「予言の本」も出版され、本気で信じる人もたくさん出るなど、大騒ぎになりました。
また、冷静に考えればウソだとわかるはずの振り込め詐欺は、「市場のイドラ」に振り回されやすい人間の弱さにつけこんだ犯罪といえるかもしれません。
4 権威の思い込み(劇場のイドラ)
みなさん、先生の言うことを信じすぎていませんか?
もちろん、正しい先生はたくさんいます。尊敬できる先生、恩師と呼べるような先生との出会いは人生の宝です。
でも、先生の言うことを「偉い人が言っているから」という理由で信じてはいけません。われわれ人間は「偉い人」や「社会的に認められている人」、「テレビや新聞に出ている有名人」などの話を、つい鵜呑みにしてしまうところがあります。
こうした思い込みのことを、ベーコンは「劇場のイドラ」と呼びました。舞台の上でのみごとな演技を、つい真実のように錯覚してしまう観客から名づけられた言葉です。大切なのは「誰が言っているか」ではなく、その人が「なにを言っているか」だと理解してください。もちろん、過去の常識に縛られる必要もありません。
一例を挙げるなら、テレビで紹介されていたあやしいダイエット法を、「こんな専門家が言ってるんだからほんとうだろう」「テレビで紹介されているんだから正しいはずだ」と信じ込むこと。これは典型的な「劇場のイドラ」です。
以上が、ベーコンの考える4つの「思い込み」です。
人間のからだや脳のしくみなどからくる「人間の思い込み」。
自分の考えはすべて正しいと勘違いしてしまう「個人の思い込み」。
まわりの評判やうわさ話を鵜呑みにする「言葉の思い込み」。
そして、偉い人や有名な人の言うことを信じてしまう「権威の思い込み」。
人間はどうしたって、これらの思い込みにとらわれてしまうものです。学校の先生でも、会社の社長さんでも、総理大臣や大統領だって同じです。もちろんみなさんも、自分で気づかないうちにたくさんの思い込みにとらわれているでしょう。これは人間を縛る、鎖のようなものです。
そうした思い込みの鎖を断ち切るには、どうすればいいのか?
ベーコンの答えは「観察と実験」でした。
ただ考えるだけでは、思い込みの鎖に縛られてしまう。もっと客観的に世界を眺めて、思い込みではない、事実(データ)を集めよう。そして自分の考えを正解だと決めつけず、何度となく実験してみよう。観察と実験をくり返すことで、少しずつ真理に近づいていこう。ベーコンは、そう考えたのです。
そして今日、みなさんは世のなかのウソを見抜き、自分の思い込みを突破して、あたらしい世界をつくっていく法則を学んでいきます。
知は力なり。これから、ほんとうの「知」を学ぶ旅に出ましょう。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ
ここまでの話を聞いて、ちょっと不思議に思っているかもしれません。
未来の話をするはずなのに、これからの話をするはずなのに、ニュートンだとかベーコンだとか、昔の人の話ばかりをしている。もっと未来の話を聞かせてくれよ。……そんなふうに思ってないでしょうか?
ぼくは今回、未来の話をします。これからの話をします。
でも、本気で未来をつくろうと思うなら、過去を知る必要があります。
世界を変えるのは、いつだって人間です。
マンモスを追いかけるような原始生活からはじまった人類の歴史は、さまざまな「世界を変えた人たち」の努力によって前進し、未来を切り拓き、文明を発展させてきました。もしも彼らが現れなかったら、人間なんてとっくに滅びていたかもしれません。
いったい「世界を変えた人たち」は、どんなふうに育ち、どんなことを考え、どんなことに疑問を抱いたのか。そしてどんな壁にぶつかり、どうやって壁を突破したのか。彼らの生き方や考え方から、「未来をつくる法則」を導き出すことはできないか。
未来をつくるために、過去を知る。これから世界を変えるために、かつて世界を変えた人たち(変革者)を学んでいく。それがこの特別講義の大テーマです。
紹介する人物は、総勢20人。そして彼らの人生から、5つの「未来をつくる法則」を学んでいきます。次の5つの法則です。
法則1 世界を変える旅は「違和感」からはじまる
法則2 冒険には「地図」が必要だ
法則3 一行の「ルール」が世界を変える
法則4 すべての冒険には「影の主役」がいる
法則5 ミライは「逆風」の向こうにある
ドイツ帝国の初代首相、オットー・フォン・ビスマルクは、こんな言葉を残したといわれています。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
これはベーコンが語った「個人の思い込み」ともつながる言葉ですが、自分だけの経験、自分だけのアイデア、自分だけの方法にこだわるのは、愚かなことです。歴史を学ぶのは、「過去になにがあったか」を知るためではありません。「これからどうするか」を考えるために歴史を学び、過去の変革者たちを学ぶのです。
何百年も前に世界をひっくり返した天文学者。2億人もの人々を病魔から救った化学者。世界的なベストセラーを生み出した小説家。政治家、発明家、経営者、有名な日本人から無名な外国人まで、男性も女性も、くまなく紹介していきます。きっと彼らのつくってきた「歴史」のなかから、たくさんの気づきがあるはずです。
それでは一緒に学んでいきましょう。
【ガイダンスまとめ】
1 いま、みんなは「魔法」のなかに生きている
2 学校は「未来」と「希望」の工場だ
3 ニュートンが発見したのは引力ではなく「数学」だった
4 ニュートンは数学という「あたらしい言葉」で世界を説明した
5 いちばん大事な言葉「知は力なり」
6 人間は「思い込み」に支配されている
7 思い込みを抜け出して「あたらしい世界」をつくろう