「内向きアメリカ」は昔から
池上彰の大岡山通信 若者たちへ


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 アメリカ共和党の大統領選候補者選びで、指名が確実になった不動産王ドナルド・トランプ氏は、「アメリカ・ファースト」を主張しています。つまり、「アメリカのことが一番。アメリカさえ良ければいい」というわけです。

 日本や韓国から米軍を撤退させる可能性にまで言及しているということは、「他国のことなど構っていられない」という意味です。

 従来のアメリカの方針を大きく変えることから、「トランプ大統領が誕生したら日本はどうなる!?」という類いの企画特集が週刊誌で試みられています。

■突飛でない「トランプ現象」

 でも、アメリカの歴史を振り返ると、「世界の警察官」を気取った従来の方針が、いつも維持されていたわけではないことに気づかされます。その典型が「モンロー主義」です。

 この言葉は高校の世界史で勉強しましたね。過去の歴史を知ることで、現代の構図がよりよく見えてくる。これは私の口癖です。この観点で考えると、トランプ現象は、けっして突飛(とっぴ)な現象ではないのです。

 モンロー主義は、1823年、第5代アメリカ大統領のジェームズ・モンローが議会で演説して提唱した外交方針です。

 南北アメリカ大陸以外に関し、アメリカは干渉しないことを明らかにしたのです。「ヨーロッパのことなど知ったことではない。勝手にやってなさい」というわけでした。

 これはヨーロッパから見れば、アメリカは「孤立主義」(一国主義)を取ったことになります。

 ヨーロッパで第1次世界大戦が勃発しても、アメリカは中立の立場を取りました。大西洋でアメリカの客船がドイツ軍の潜水艦によって撃沈されたこと(ルシタニア号沈没事件)で、国民が激高。その世論の勢いに押されて、当時のウッドロー・ウィルソン大統領は第1次大戦への参戦を決意しました。それまでアメリカは世界から距離を置いていたのです。

 第1次大戦後、ウィルソン大統領は、二度と大戦が起きないようにと「国際連盟」の創設を提唱しますが、肝心のアメリカ議会がモンロー主義を掲げて反対。結局、提唱者のアメリカは参加しませんでした。大統領はともかく、当時のアメリカ議会は、世界のことに関わりたくなかったのですね。

 この孤立主義は、第2次大戦が始まっても変わりませんでした。アメリカは、ヨーロッパ諸国がドイツ軍に蹂躙(じゅうりん)されても、我関せず、だったのです。

■真珠湾攻撃で孤立主義を放棄

 その状況が変わったのが、1941年12月の日本軍による真珠湾攻撃でした。日本による不意打ちに怒ったアメリカ国民の世論の変化を受け、アメリカは第2次大戦に参戦を決めました。

 日本軍による真珠湾攻撃を知ったイギリスのチャーチル首相は、「これで我々は勝った」と喜んだといわれます。アメリカがイギリスの味方をしようとしないため、焦っていたからです。日本軍がアメリカを攻撃したことで、アメリカは否が応でも参戦せざるをえないだろうと考えたのです。そして、その通りになりました。アメリカの孤立主義を打破できないもどかしさをヨーロッパの国々は感じていたのです。

 アメリカが孤立主義を放棄したのは、第2次大戦後、アメリカのライバルとしてソ連が影響力を強めたからです。世界が社会主義化されるのを防ごうと、アメリカはソ連に対抗して世界に出ていきます。「世界の警察官」を自負するようになっていったのです。

 私たちは、これ以降のアメリカを見て育ったのです。アメリカは世界に強い関心を持ち、世界情勢を安定させようと(アメリカにとって、という注釈が必要ですが)、世界各地に米軍基地を置いてきました。

 しかしこれは、長いアメリカの歴史(あまり長いとは言えませんが)の中のひとつのエピソード。アメリカという国は、一国主義的な外交政策をとりがちな国なのだ、ということを認識した上で、“トランプ現象”を見るようにしましょう。

米西部ワシントン州スポケーンで開いた集会で支持者にあいさつするトランプ氏=7日(AP=共同)