野心・結束・熱烈さ…独ドルトムントに見る成長戦略
日本経済新聞編集委員 武智幸徳
ドイツのボルシア・ドルトムントといえば、日本代表の香川真司が所属するサッカークラブとして知られる。近年、欧州でも実力者としての地歩を固めつつあるドルトムントでマーケティング部門のトップを務めるカルステン・クラマー氏の話を聞く機会が先日あった。
■地域に根差したクラブの誇り
3月9日、東京・有楽町。岸・アンド・アソシエーツ主催の経営フォーラム「ファースト・ウェンズデー」でクラマー氏は「スポーツと経営:ドイツサッカーチーム ドルトムント成功への鍵」と題してスピーカーを務めた。「まず皆さんに謝りたいのはここに香川を連れて来られなかったこと」と笑いを誘ったクラマー氏。そこから強調したのは「ドルトムントはサッカークラブであってマーケティングの会社ではない」ということだった。核となる事業はあくまでもサッカーであり、すべての源泉はそこにあるということ。そして、地域に根差したサッカークラブの一員として働けることに強い誇りを感じているとも。 ドルトムントが「ドア・オープナー」と位置づける香川はビデオメッセージで登場、2017年夏にアジアツアーの予定があること、その時に日本で試合をする計画があることが明かされた。昨夏のアジアツアーで空港まで送迎に現れた日本のサポーターの熱気に、クラブも「ここにはまた戻って来なければならない」と心を強く動かされたらしい。人材の流動が激しい欧州サッカーでは来年夏に香川がドルトムントにいる保証はないが、実現すれば大きな話題になるのだろう。
ドルトムントはユニークなクラブとして知られる。ノルトライン・ヴェストファーレン州の主要都市ではあるが、人口は58万人程度。クラブの後背地として決して大きくないが、ブンデスリーガのホームゲームは常に満員で1試合平均の観客動員数は8万人を超える。これは国内のライバル、バイエルン・ミュンヘンやスペインの超巨大クラブ、レアル・マドリード、FCバルセロナをも上回る数字である。
■勝敗越えたところにあるブランド力
その熱狂はどこから来るのか。クラマー氏が強調したのは意外にも「トップチームの勝ち負けに依存しないこと」だった。常勝チームだから応援に行く、というステージにチームはないのである。「ずっと勝ち続けてほしいけれど、スポーツの世界はそうもいかない。勝つこともあれば、負けることもある」。勝敗よりも大事なのはクラブとしてのブランド・アイデンティティーを確立することだという。
ブランドのエッセンスは4つの要素で構成される。1つ目がオーセンティシティー(本物感)。クラブの歴史や遺産に誇りを持ち、ファンに支えられていることを決して忘れない謙虚さも併せ持つ。2つ目がアンビション(野心)。目線を常に高く上げて究極的には世界一を目指す。3つ目はその目標実現のために必要なファン、スポンサー、クラブなどステークホルダーが一体になった結束力。それらが混然一体になったとき、果てしなく、あふれんばかりのインテンシティー(熱烈さ)が生み出されることになる。
「自転車が車輪がないと前に進めないように、われわれは常にこの4つの柱に照らし合わせながら仕事をしている」とクラマー氏。
例えば、「イエローウオール」と呼ばれるホーム側のゴール裏席。ここは立ち見なら約2万5000人が入ることができ、黄色のユニホームをまとったサポーターが立すいの余地がないほど詰めかけると、まさに「黄色い壁」となってアウェーチームを圧迫する。チームにとっては頼もしい味方であり、誰もが来やすいように料金は低く抑えている。
■レアルとは別の道、目先のカネ追わず
このゴール裏を全部椅子席に変えれば、収容能力は半分に落ちても料金は2倍、3倍は取れるから得をするかもしれない。そんな目先のカネを追わないのはクラブが大事にするオーセンティシティーや結束力にマイナスの影響が出ると考えてのことだろう。黄色い壁が象徴するものをクラブがきちんと理解しているわけである。 面白いと思ったのは、ドルトムントがビジネスパートナーを選ぶ際には自分たちと同じ“匂い”がする企業を求めることだ。レアル・マドリードやFCバルセロナといった超巨大クラブと同じ路線を進もうとしても都市の大きさや集金力に差があってドルトムントには難しい。そういうクラブとは異なるストーリーを用意して胸を響かせないとパートナー探しも簡単ではない。
ドルトムントが継続性、独創性とともに強調するのが成長性だった。国内ではバイエルン・ミュンヘンを、欧州ではスペインやイングランドのビッグクラブにチャレンジする野心的なクラブ。そういうドルトムントのストーリーと重なるパートナーとタッグを組んでいく。ドルトムントのユニホームがアディダスやナイキではなくプーマなのは、そんな自分たちの立ち位置と似ているからだという。
8万人のスタジアムをコンスタントに満員にしても、現状に甘えることなく、ウェブサイトや交流サイト(SNS)を通じてお客さんとのコンタクトポイントの拡大に努めている。クラブ本体の会員数は15年時点で13万人だが、フェイスブックのフォロワーは1400万人以上、スマートフォンのドルトムントのモバイルアプリケーションの利用者は170万人に達しているとクラブは伝えている。
■日本語の公式サイトも作成
クラブとしての国際化を自問自答したとき、ドルトムントの熱狂をどうしたら日本に輸出できるかという話になった。ドルトムントを知ってもらい、親近感を持ってもらい、熱くなってもらい、最終的に愛されるようになるには何をすべきか。インターネットに日本語の公式サイトをつくり、日本のファンに向けて独自情報を伝えるようにしたのはその一環。13年からはサッカー教室を東京に開校、ドルトムントからコーチを派遣している。人と人が実際に触れ合う、それが本物の関係につながると考えて。「日本は今やブンデスリーガから見れば有力選手を獲得する大事なマーケット」というから、市場のリサーチも兼ねているのだろう。
チームカラーが黄色と黒。中央の巨大球団への旺盛な対抗心。チームに託すファンの熱烈な応援。どこか、これ、「トラキチ」と呼ばれる某国プロ野球チームと似てなくもない。クラマー氏もしっかりその球団の存在を知っていた。我が方にこんなアジア、世界戦略があるかどうかは定かではないが……。
ピッチの風
ドルトムントは継続性、独創性、成長性を強調。超巨大クラブとは異なるストーリーがサポーターの胸に響く=ロイター