【2006-05井田の宿題】
突然だった。
9年前。 このコラムのコピーをカバンから取り出し、國吉、杉浦はじめとした立志寮生に渡し問うた「お前たちはなぜここでサッカーをやっているのか」と。
「サッカーでもなんでも、競争の中で抜きん出る人間は、技術・体力・頭脳が秀いでているだけではない。練習態度・私生活に至るまで、易(やす)きに流されがちな目分に打ち克つ強い心を持っており、人間的に尊敬できなければ成功なんかできない」
当時、直向(ひたむ)きな生活を送っている者はこの文に新しいヒントを得た。
学んだ。
いい加減な男は書いている意味がわからないままだった(笑)
思い出す。
未だ意味が分からないだろうあいつを 爆。
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Jリーガー司法試験に挑む 八十祐治(致知随想2006-06)
私は昨年、四度目のチャレンジで司法試験に合格しました。 幼椎園でサッカーの虜になり、高校、大学のサッカー部を経てJリーグのカンパ大阪へ入団。
サッカー一筋の人生を歩んでいた私が、まったく畑違いの司法の道を志したのは、六年前に現役を引退した後でした。
現役時代は、巌しいトレーニングに耐え、あらゆる努力をサッカーに注ぎ込みましたが、一流のプロがしのぎを削るJリーグでレギュラーの座を勝ち取るのは至難の業でした。
ガンバ大阪に所属した二年間でリーグ戦に出場できたのは二試合。
その後二つのチームを経て、三十一歳でユニフォー厶を脱ぎました。
目標を見失い、心にポッカリど穴が開いたような虚しさの中で私は考えました。
世間で定年といわれる六十歳までまだ三十年ある。
これからいったい何をやっていくべきだろうか。
自分の実力だけが頼りのプロスポーツの世界でやってきた私には、この先も自分の実力で勝負していきたいという思いがありました。
その武器となる資格を取ろうと考え、司法献験へのチャレンジを決意したのでした。
法律や、司法の仕事に関する知識などもちろんなく、怖いもの知らずで立てた目標ですが、どうせチャレンジするなら高い目標をクリアしたい。
これまでサッカーに注いできた熱意や努力をもってすれば、きづと成し遂げられるはすだという信念が私にはありました。
試験の内容は、憲法、民法、刑法、刑事訴訟法、民事訴訟法、商法と広範にわたり、民法だけでも千条以上もの条文があります。
これだけの条文をただ暗記するだけでなく、条文と友達になり、問題を見て即時に反応できるまで身体に染みこませなければなりません。
一度覚えたと思っても、何日か経つと忘れている。
歯がゆい思いをしながら覚え直し、その繰り返しで少しずつものにしていきました。
特に難しい論文対策としては、模範解答を何度も書き写し、手を動かすことで体に叩き込みました。
書きためたものを重ねると大変な厚みになり、それが努力の証しとなりました。
受験勉強は単調なことの繰り返しです。
最初の頃は初めて触れる内容に知的好奇心が刺激され、結構楽しみながら取り組むことができましたが、長丁場となればいかにモチベーションを椎持するかが課題となってきます。
私は勉強をサッカーに置き換えて臨みました。
本番の試験は公式戦で、模擬テストは練習試合、単調な暗記の勉強は基礎練習に取り組むイメージで、おもしろくなくても、これが後で必ず生きてくると自分に言い聞かせながら取り組みました。
すでに結婚して二児の父となっていたため、当初は営業の仕事をしながら勉強をしていました。
夕方に仕事を終え、夜の十時ぐらいまで専門学校で講義を受け、帰宅後軽く食事をしてさらに明け方の三時ぐらいまで頑張る。
それでも二年続けて一次試験で落ち、このままではいつまでも受からないと思い、会社を辞め、背水の陣をしいて受験に専念することにしました。
早く受からなければ――収入がなくなったことからくるプレッシャーは相当なものでした。なぜこんな難しい勉強を始めてしまったのだろう。
自分はいつまでも受からないのではないだろうか。
不安で仕方なく、頭の中には悪い考えばかりが浮かんできました。
気持ちが乗らず、机に向かう気にすらなれないこともしばしばありました。
私はそんな自分に「絶対諦めない。今度こそ受かってやる」と必死で言い聞かせ、「絶対合格する」と繰り返し紙に書いて心を奮い立たせました。
プロのサッカー選手としては挫折が多かったけれども、ここで諦めたら、その体験が何も生かされないまま終わってしまう。
挫折をなんとかプラスに転換し、成功という形を残したい。
そんな切実な思いがありました。
支えになったのは家族でした。
妻は文句一つ言わずについてきてくれ、「司法献験より難しいプロのサッカー選手になれたんだから、絶対受かる」と励まし続けてくれました。
長女が覚えたての拙い字で書いてくれた『パパがんぱれ』のことばは、私の大切なお守りでした。
ついに合格を果たした畤には、安堵で全身から力が抜け、喜びのことばすら発することができませんでした。
異色の経歴から、目標達成や夢を実現する秘訣についてよく聞かれます。
しかし私は、自分の決めた目標に向かってコツコツ地道に努力を続けてきたに過ぎません。
近道などないことを自覚して、半歩でも前へ進む努力を榠み重ねていくしかない、というのか私の実感です。
サッカーにおいても、実力が伯仲する中で頭一つ抜きん出ていく人は、単に技術や体力に秀いでているだけではありませんでした。
日頃の練習態度からグラウンドの外の私生活に至るまで、易(やす)きに流されがちな目分に打ち克つ強い心を持っており、人間的に尊敬できる人ばかりでした。
司法試験は自分の弱さを知り、自分を深く見つめ直す貴重な体験となりました。
私はいずれ自分のユニークなキャリアを生かし、引退するプロスポーツ選手の法的支援に携わりたいと考えています。
司法試験の体験を生かしてさらに人間的成長を図り常に全力で仕事に取り組むことで、クライアントから信頼される法のプロを目指してまいりたいと考えています。 (やそ・ゆうじ=第60期司法修習生、元プロサッカー選手)