「不器用の一心に勝る名人はない」(小川三夫著『棟梁』)

∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵
イメージ 1
「当代随一」と仰がれる宮大工の棟梁は、弟子を取る際、基準を定めているという。

それは、不器用なこと。

器用な人は、ある段階までは早く上達する。
知らず知らず、仕事を甘くみて、楽をすることを覚えてしまう。
大切な事は、
成長の“伸びしろ”が大きいか小さいか、突き詰める技術が深いか浅いかだ。

「千年の大建築」を手掛ける宮大工の世界では、要領や小手先など通じない。
遅くても、一つ一つ階段を上らなければ、大きな仕事を成すことはできない。
いかに才にたけていても、苦労や下積みのない人生は、もろい。
落とし穴につまずきやすいものだ。
無名でいい。特別な才能など、必要ではない。
ただ真っすぐに、信念を実践し抜いた人が勝つ。

棟梁は言う。
器用な人は器用に溺れやすい。
不器用の一心に勝る名人はない。
身体や手というもんは
言葉のようにはすぐにはしみこまんもんや。
覚えるにも時間がかかるが
手や身体に記憶させたことはそう簡単には忘れん。 

他人はどのような仕事をしているか
知りたい 見たいは山なれど
そこは我慢
自分のやり方を 考えを
工夫することこそ職人の道
技は口を開いては学びとれんし 伝わらん  
 
不器用を自覚した小僧が、
挑戦の日々を経てサッカーの世界で成功し、
真似できないモノを持った小僧が
20歳そこそこで路頭に迷う。
勘違いした少年の行く末は決まっている。
 
慢心とわがまま一杯の少年が、
高校時代挫折を繰り返し濃い一日一日を過ごす。
誇るべき名声は残せなかったが一筋の道を走りぬいた。
その事が後に生きてくる。

子の才を賞賛された親の誇示は後には苦々しい遺恨となる。
繰り返される光景。

ある日本の基幹に係わる工学研究所は、
約200名の大学院生がいるが、
そのうち100名が東大から来た子で、
半分が別の大学から来た子。
その中で気付くのは、地方の大学から大学院に来た子の中に、
素晴らしい子や大物がいるということ。
そのほとんどは気づかずルーザーに属することになる。

日本の第一線を走る企業の経験豊富な人事担当者
「本当の力持っている男はエリートより少し下を経験してきた者だ」
…これが世の真実。