「不器用の一心に勝る名人はない」(小川三夫著『棟梁』)
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「当代随一」と仰がれる宮大工の棟梁は、弟子を取る際、基準を定めているという。
それは、不器用なこと。
器用な人は、ある段階までは早く上達する。
知らず知らず、仕事を甘くみて、楽をすることを覚えてしまう。
大切な事は、
成長の“伸びしろ”が大きいか小さいか、突き詰める技術が深いか浅いかだ。
「千年の大建築」を手掛ける宮大工の世界では、要領や小手先など通じない。
遅くても、一つ一つ階段を上らなければ、大きな仕事を成すことはできない。
いかに才にたけていても、苦労や下積みのない人生は、もろい。
落とし穴につまずきやすいものだ。
無名でいい。特別な才能など、必要ではない。
ただ真っすぐに、信念を実践し抜いた人が勝つ。
棟梁は言う。
”
器用な人は器用に溺れやすい。
不器用の一心に勝る名人はない。
身体や手というもんは
言葉のようにはすぐにはしみこまんもんや。
覚えるにも時間がかかるが
手や身体に記憶させたことはそう簡単には忘れん。
”
他人はどのような仕事をしているか
知りたい 見たいは山なれど
そこは我慢
自分のやり方を 考えを
工夫することこそ職人の道
技は口を開いては学びとれんし 伝わらん
不器用を自覚した小僧が、
挑戦の日々を経てサッカーの世界で成功し、
真似できないモノを持った小僧が
20歳そこそこで路頭に迷う。
勘違いした少年の行く末は決まっている。
慢心とわがまま一杯の少年が、
高校時代挫折を繰り返し濃い一日一日を過ごす。
誇るべき名声は残せなかったが一筋の道を走りぬいた。
その事が後に生きてくる。
子の才を賞賛された親の誇示は後には苦々しい遺恨となる。
繰り返される光景。
ある日本の基幹に係わる工学研究所は、
約200名の大学院生がいるが、
そのうち100名が東大から来た子で、
半分が別の大学から来た子。
その中で気付くのは、地方の大学から大学院に来た子の中に、
素晴らしい子や大物がいるということ。
そのほとんどは気づかずルーザーに属することになる。
日本の第一線を走る企業の経験豊富な人事担当者
「本当の力持っている男はエリートより少し下を経験してきた者だ」
…これが世の真実。