球際を、強さではなくうまさで制す。 本田が柴崎に求める世界への“慣れ”。
「イニエスタや中田英寿さんは、バランスを崩しかけても背中が使えているので、腕を後ろに振って足を細かく動かし、体勢を立て直せる。ミュラーのごっつぁんシュートも同じ原理です」
西本直(トレーナー)

体と体のぶつかり合いを好むパワフルな相手を、日本は苦手とする――。10月13日のイラン戦で、あらためてその課題が突きつけられた。
もちろん日本代表の中にも、ぶつかり合いに強い選手がいる。吉田麻也らセンターバック、ドイツ移籍初年にマガト流のスパルタで鍛え抜かれた長谷部誠、そして体格に恵まれた本田圭佑らなどだ。多少調子が悪くても、長谷部と本田が試合から消えることが少ないのは、体の強さが最低限のパフォーマンスを担保するからだろう。
だが、日本代表においてそういう選手は少数派だ。
特にイラン戦で先発した柴崎岳は、類まれな技術・発想・視野を持っているだけに、1対1の弱さを克服することが望まれる選手だ。テヘランにおける試合では、ほぼ何もできずに後半27分で退いた。
日本の“うまい選手”たちは、どうすれば1対1に強くなれるのか?
本田「パワーをつけろということではない」
イラン戦後のミックスゾーンで、本田圭佑はこう指摘した。
「岳には岳にしかない特徴がある。それをハイレベルな舞台で出すことに慣れていかないといけない。しかし、パワーをつけろということではない。たとえばイニエスタはそこまで球際は強くないんでね。でも彼には、そうならないうまさがあるんですよ」
“そうならないうまさ”とは具体的にどんなものか。以前、本田はACミランにおけるプレーについて、こう説明したことがある。
「まわりにパスコースがない状態で受けに行くのと、ある状態で受けに行くのとでは全然違う。ミランでは前者なので苦しくなる」
パスコースがあれば駆け引きが仕掛けられる。
パスを受けようとするとき、もしまわりにコースがなければ、相手に確信を持ってぶつかられてしまう。いわゆるハメられた状態だ。こういう詰まった状態だと、力と力の真っ向勝負になる。
一方、ダイレクトでボールを出せるコースが複数あれば、マークしている相手も狙いを絞れない。つまり駆け引き次第で、相手にマックスでぶつからせないことが可能になるということだ。イニエスタは、まさに受ける前の駆け引きがうまい。鬼ごっこの達人だ。
ただ、ひとつ問題なのは、パスコース作りはひとりではできないということである。仲間たちがボールの動きに呼応して、いいポジションを取ってくれなければコースは生まれない。
では、完全に個人の力で立ち向かうとしたら、どんな手があるのか。
岡崎慎司の「事前に耐える準備」。
身長174cmながら、ブンデスリーガで2年連続の二桁得点を記録した岡崎慎司(現レスター)のやり方が参考になりそうだ(ちなみに柴崎の身長は175cm)。
今年5月、マインツの練習場で岡崎は、ドイツで1トップを張れた理由をこう説明した。
「ぶつかられてボールを取られるのは、たいてい自分の体勢が悪いときなんですよ。何回もぶつかっているうちに、事前に耐える準備をしておけばいいんだと気がついた。圭佑みたいに体をぶつけながらキープするのではなく、確実にボールをいい位置に止めて、それから余裕を持って当たる。もちろん受ける前に色んな駆け引きをしなければいけませんが。『ボールがここにある』と安心しているから、敵が寄って来てもかわせるんです」
いかにもモビリティーのある岡崎らしいやり方だろう。止まった状態でボールを受けるのではなく、動いてパスを引き出し、先にボールをコントロールしてからいい体勢で相手にぶつかる。本田の提案が相手にマックスを出させないやり方だったのに対して、こちらは自分のマックスを出すやり方だ。
風間八宏の「衝突点を変える」アプローチ。
また、川崎フロンターレの風間八宏監督はドイツで5年間プレーしているとき、「衝突点を変える」というやり方を利用していたという。
「相手がぶつかろうとする点より、半歩踏み込んでぶつかる。そうしたら最大の力は発揮できないですよね? ボクシングのパンチで、手が伸び切る前に止めたら威力が小さくなるのと同じです」
もし相手が背後からついてきたら、急ストップしてぶつかり、相手の体勢を崩すという手もある。とにかく予測をくじくことがポイントだ。
トレーナー・西本直が注目する“倒れなさ”。
とはいえ、岡崎的なぶつかり方にはある程度のパワーが必要とされ、風間流には独特のセンスが要るだろう。それに対して、体の使い方そのものに注目するのが、トレーナーの西本直である。
すでに本コラムで度々“西本理論”を伝えてきたように、ポイントは背中にある。背中には「広背筋」という人体で最も大きく、かつ上半身と下半身をつなぐ極めて重要な筋肉がある。それを伸びやかに使うことで、骨盤が立ち、股関節の自由度が増してしなやかなステップが可能になる。さらに言えば、広背筋の上半身の終点は上腕にあるため、うまく肘を後ろに引けば、下半身の動きを助けることができる(詳しくは西本直のブログを参照)。
西本はイニエスタと中田英寿をお手本にあげた。
「イニエスタは背中がきちんと使える代表的選手で、常にステップワークで体勢を維持することができ、だから相手にぶつかられないポジションに移動できる。かつて日本代表で活躍した中田英寿さんの動きも同じ。バランスを崩しかけても背中が使えているので、腕を後ろに振って足を細かく動かし、体勢を立て直せる。ゴール前のトーマス・ミュラーのごっつぁんシュートも同じ原理です。ロッベンの練習動画を見ると、腕を細かく後ろに振るステップワークをしている。ここで名前をあげた選手たちは、背中を使い、細かいステップワークで体勢が崩れず、だから伸筋を使ってコンタクトに対応できるのです」
もしかしたら本田の言っている“そうならないうまさ”も、背中をうまく使って倒れないことを直感的に表現したものだったのかもしれない。
Jでは柴崎も良い角度でぶつかっている。
柴崎はこの動きを実践する下地がある。Jリーグの試合では姿勢が良く、骨盤が立った状態でプレーできているからだ。
「鹿島アントラーズの試合を見ていたら、自ずと柴崎選手が目に飛び込んできました。すっと背中が立っていて、相手とぶつかるときの角度が良くて踏ん張っていない。でも、なぜかイラン戦では、そういう動きができていなかった。最初にガツンと当たられて、力んでしまったのかもしれません。心と体はつながっている。自分の方が弱いと思った時点で力みが生まれます。ただし、Jリーグでできているのだから、代表で同じ体の使い方ができないわけがない。弱い部分を補うのではなく、強みを信じればいい。気持ち次第です」
柴崎は遠藤保仁の後継者と見られているが、西本からすると「遠藤選手はぶつかり合いを避けてスペースをうまく使う選手でしたが、柴崎選手は姿勢が良く、ぶつかり合いを苦にしないでプレーできるタイプ」だ。
ゲームメイクもでき、当たりにも強い、新たな日本代表のボランチになれるポテンシャルが、そこには眠っている。
http://number.bunshun.jp/articles/-/824371
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