「オレたち石切り職人は本当につまらねえ仕事だ。
安い給料で
重たい石を切り出して運んでるだけだ。
重たい石を切り出して運んでるだけだ。
毎日それの繰り返しだ」
アルダはこんな奴が自分の組頭でなくて
良かったと思った。
良かったと思った。
「石切りの仕事は楽しいです。
工夫次第で早く切り出せます」
工夫次第で早く切り出せます」
「希望に燃える若造か。
そんなに頑張ってもいいことはないぞ。
早く切り出せるとどうなる?
もっと切り出せと言われるだけだ。
早く帰れるわけじゃねえ。
違うか?」
アルダは言い返せなかった。
ガスウが追い打ちをかける。
ガスウが追い打ちをかける。
「得しているのは誰だと思う?
親方だ」
親方だ」
確かに自分がやっていることは
重たい石を切り出して、運んでいるだけだ。
重たい石を切り出して、運んでいるだけだ。
効率のいい方法を学んだとしても
その分多く切り出すことになるだけ。
その分多く切り出すことになるだけ。
どんなに技術を高めても
それで給料が上がることはない。
それで給料が上がることはない。
得するのは親方。
ガスウの言葉が
なぜか何度も思い返されてしまう。
なぜか何度も思い返されてしまう。
まとわりつき、振り払おうと思っても
いつの間にか見えないひものように
全身にからまっている。
いつの間にか見えないひものように
全身にからまっている。
見たくなかった事実を
つきつけられた気がした。
つきつけられた気がした。
毎日同じことを繰り返すつまらない仕事。
確かにそのとおりなのだ。
考えれば考えるほど、体から力が抜けていく
翌日から、金槌(かなづち)が
重たく感じるようになった。
重たく感じるようになった。
石も重い。
すっかり仕事のやる気は失せていた。
こんなんじゃだめだと自分を責めてしまう。
アルダはハサンおじさんの家を訪れた
「ハサンおじさんは自分の仕事を
つまらないって感じたことはない?」
つまらないって感じたことはない?」
「つまらないと感じたことか。
ないとは言えないな」
ないとは言えないな」
「ガスウってやつが
『毎日石を切り出して、運んでいるだけだ』とか
『毎日石を切り出して、運んでいるだけだ』とか
『給料が変わるわけじゃない』って
言うのを聞いて、そうだなって
思ってしまったんだ。
言うのを聞いて、そうだなって
思ってしまったんだ。
どんなに学んだところで
やっていることはそう変わらないって。
やっていることはそう変わらないって。
給料もみんなと同じなんだ。
そうしたらなんだか
急にやる気がなくなってしまって。
体もだるくなった」
急にやる気がなくなってしまって。
体もだるくなった」
「そうか。そういう悩みの時期は
誰にでもあるものだなぁ」
誰にでもあるものだなぁ」
「そうなの?」
「まあ、新人はみんなそうだ。
最初はやる気になって頑張るが
しばらくすると仕事に慣れてきて
ダしてしまうんだ。
最初はやる気になって頑張るが
しばらくすると仕事に慣れてきて
ダしてしまうんだ。
中には最初からやる気がない者もいるがな。
ダレた状態が続く者もいれば
そうでない者もいる」
ダレた状態が続く者もいれば
そうでない者もいる」
「おじさんは、ダしてしまった状態を
どうやって抜け出たの?」
どうやって抜け出たの?」
ハサンおじさんは口ひげを触りながらう-んとうなって、
昔を思い出そうとした。
「私はダレたことがないかもしれないなあ」
「え、そうなんだ!すごいね。
でも、おじさんの仕事は
役所の書記官だからなあ。
役所の書記官だからなあ。
ぼくみたいにつまらない仕事とは
そもそも違うんだろう」
そもそも違うんだろう」
「こらこら、アルダ。
どんな仕事もつまらないと思えば
つまらないものさ。
つまらないものさ。
でも何かしら意味があるものだ」
「仕事に意味がある?
ハサンおじさんの仕事の意味は?」
ハサンおじさんの仕事の意味は?」
「税や裁判や戸籍など
さまざまな記録を残すことだなぁ。
アルダの仕事の意味は?」
さまざまな記録を残すことだなぁ。
アルダの仕事の意味は?」
「石を切り出して運ぶことなんだけど
どうも無意味に感じられて」
どうも無意味に感じられて」
「それは意味とは違うだろう。
たしかにお前は仕事でそういうことを
しているが、それはなんのためなのか。
その先にある目的があるはずだ。
それが意味だ。
たしかにお前は仕事でそういうことを
しているが、それはなんのためなのか。
その先にある目的があるはずだ。
それが意味だ。
アルダの言い方だと、私の仕事は
『紙に文字を書くこと」になる。
『紙に文字を書くこと」になる。
それは意味ではなく作業だね。
なんのために
その作業をやっているのかというと
さまざまな記録を残すためなんだよ。
なんのために
その作業をやっているのかというと
さまざまな記録を残すためなんだよ。
それが意味だろう。
文字を書くことだというと
すごく単調でつまらないことを
やっているように思えるが
この国を運営するために記録を残すことだと思うと、大事なことをやっていると感じる」
すごく単調でつまらないことを
やっているように思えるが
この国を運営するために記録を残すことだと思うと、大事なことをやっていると感じる」
「なるほど。そう言われると
まったく違う仕事に聞こえるね。
でも、ぼくの仕事に石を切り出して
運ぶ以上の意味なんてあるのかな」
まったく違う仕事に聞こえるね。
でも、ぼくの仕事に石を切り出して
運ぶ以上の意味なんてあるのかな」
「きっとあるさ。
アルダはなんのために
石を切り出しているんだい?」
アルダはなんのために
石を切り出しているんだい?」
「なんのため?
それはもちろん生活のためだよ。
お父さんが事故で死んでしまって
ぼくが働くしかないし、母さんも昼は農場で手伝いをして働いているけど
稼ぎはあまりよくなくて…」
それはもちろん生活のためだよ。
お父さんが事故で死んでしまって
ぼくが働くしかないし、母さんも昼は農場で手伝いをして働いているけど
稼ぎはあまりよくなくて…」
「待て待て」
長くなりそうなアルダの話を止めた。
長くなりそうなアルダの話を止めた。
「それを言うなら
私だって家族を養うために仕事をしている。
そうじゃなくて…
アルダは自分が切り出した石が
何に使われているのか知っているかい?」
私だって家族を養うために仕事をしている。
そうじゃなくて…
アルダは自分が切り出した石が
何に使われているのか知っているかい?」
「何に使われているんだろう。
船に積んで
湾岸都市に運んでいるのは知っています。
でも、その先には関わっていないから…」
船に積んで
湾岸都市に運んでいるのは知っています。
でも、その先には関わっていないから…」
「おいおい、自分の仕事の結果が
どうみんなの役に立っているか知らずに
働いていたのかい。
驚いたな。
一度自分の目で確かめたらいい」
どうみんなの役に立っているか知らずに
働いていたのかい。
驚いたな。
一度自分の目で確かめたらいい」
同僚に聞いてみるとすぐに分かった。
「前は広場の石畳や役場の周りの壁なんかにも使われていたけどな。
今は城壁に使われているはずだ」
今は城壁に使われているはずだ」
城壁だと聞いて嬉しくなったが
まだぼんやりとしかイメージができない。
やはり、はっきり何に使われているのかを
見る必要がある。
考えてみれば、石切りの専門家としては
実際に見ることも大切だと思った。
まだぼんやりとしかイメージができない。
やはり、はっきり何に使われているのかを
見る必要がある。
考えてみれば、石切りの専門家としては
実際に見ることも大切だと思った。
アルダはその日から、
自分が切り出した石のすべてにこっそり小さな★印をつけた。
しばらくして、工事の途中の城壁に行って
自分がつけた印を探し歩いた。
自分がつけた印を探し歩いた。
そして、ついに見つけた。
★がついた石が城壁の一部になっていた。
その石に愛しさを感じた。
触れてみる。
ひんやりしていて気持ちがいい。
「お前はこうして役に立っているんだね。
城壁となって
これからみんなを守っておくれ」
城壁となって
これからみんなを守っておくれ」
なでながら語りかけていると
自分は役に立っているんだという
嬉しい気持ちが胸に広がってきた。
自分は役に立っているんだという
嬉しい気持ちが胸に広がってきた。
ぼくの仕事は
ただ石を切り出す作業ではなかった。
ただ石を切り出す作業ではなかった。
これを造るために砂ぼこりにまみれて
働いていたんだ。
働いていたんだ。
毎日の頑張りが報われた気がした。
悩んでいたことも無駄じゃなかった。
涙が出そうだ。
「あんた、大丈夫かい。
そこで友達でも死んだのかい」
そこで友達でも死んだのかい」
振り返ると心配顔の知らないおじさんがいた
片手には釣りざお
もう片手には釣った魚を持っている。
もう片手には釣った魚を持っている。
「いや、自分が切り出した石を
見つけたもので、嬉しくて」
見つけたもので、嬉しくて」
「おお、そうか。兄ちゃんがこれを
切り出している人だったか」
切り出している人だったか」
おじさんは城壁に近づきペシペシと叩いた。
「湾岸都市といったら
この城壁がシンボルだからな。
大したもんだ。
兄ちゃん、この魚は俺からの礼だ」
この城壁がシンボルだからな。
大したもんだ。
兄ちゃん、この魚は俺からの礼だ」
アルダはありがたく受け取った。
家に帰る道を歩きながら思った。
お金だけでなく、自分の仕事の意味を
知ることはやる気につながる報酬なのだ。
知ることはやる気につながる報酬なのだ。
見て、触れて、使っている人と話せたら
それは大きな喜びをもたらしてくれる。
それは大きな喜びをもたらしてくれる。
ぼくは町の人たちを守る城壁を造っている
声に出してみると誇らしい気持ちになった。
家に帰って
母さんにも意味を聞いてみることにした。
母さんにも意味を聞いてみることにした。
「母親の仕事の意味?
そんなの決まっているじゃないの。
国を造っているのよ」
そんなの決まっているじゃないの。
国を造っているのよ」
あまりに予想外の答えにアルダは面食らった。
「どういうこと?」
「子供を大人に育てたら、その子は働いて
みんなの役に立つようになるでしょう。
みんなの役に立つようになるでしょう。
国というのは政府でもないし
役人でもなくって
そこらじゅうの人の集まり。
役人でもなくって
そこらじゅうの人の集まり。
だから、子供を産んで
立派な大人に育てるということは
立派な国を造っていることと同じなの」
立派な大人に育てるということは
立派な国を造っていることと同じなの」
アルダは感動してしまった。
だから母さんは毎日同じ家事をしているのに
いつも楽しそうにしていられるのだ。
いつも楽しそうにしていられるのだ。
母親を誇らしく思った。