2020/5月に書いたブログです

【前書き】
この曲は もちろん也映子さん視点なのですが
それじゃあ いつ頃?と考えた時に 
既にたくさん書いた「2人(理人との・・)が付き合っている」「同棲している」「入籍した後」などではなく
智史と婚約していて寿退社の予定だが 仕事もしている頃ではなく
職も結婚もなくしたあの頃・・・なので

新たにお話を作るというよりは ドラマのシーンの続きで書くことにしました

                               ガーベラ  ガーベラ  ガーベラ

「ヒャー 何 何?」
也映子は思わず声をあげた

理人が 自分の持っているジョッキを 也映子の頬に押し当てたのだ


いつものカラオケルーム
レッスンの後にやってきたのも いつも通り
ここに来る前に 也映子は電話をかけていた
教室を辞めてしまった幸恵に

そう 秋の発表会に 幸恵は出られなかった
義母の由実子が倒れ 急遽入院となった
退院しても 介護が必要なため 
バイオリン教室にはとても行けない
それは既に聞いていた

発表会に出られなかった幸恵のために
3人でミニコンサートのようなものができないかと
也映子はそんな計画を建てていたのだが
幸恵は そうね そのうちね・・というような返事をするばかり

そんな矢先 教室をやめる事を 本人ではなく
眞於先生から伝えられたのだった
教室で 理人と共に・・・

それは 也映子にとって少なからずショックだった
そして 電話
也映子の狼狽える姿を理人は 
何も言わずに見ていることしかできなかった

それでもエレベーターを下りるころには
元気を取り戻し
也映子は 「じゃ いつものとこで練習しよっか」と
スタスタと歩き出したのだった

カラオケに着くと 何だかんだ 
自分には向かえるものがないと

みんな 大切なもの 入れ込めるものがあって
自分には何もないようなことを言い始めた
理人は みんなそんなの同じですよ
就活も婚活もやればいいし やってるんですよ
どこかで妥協して・・・と
それでジョッキで也映子の頭を
いや 頬を冷やしたのだった

「それで・・・?就活はどうなってるの?」
理人は 也映子のジョッキと自分のジョッキを軽く合わせて尋ねた 
最初に頼んだビールの半分以上は也映子が飲んでしまったので 再度オーダーしたのだった


「うん 私ね バイオリン習って半年になるじゃない?
音楽っていいなぁ・・音楽に関わる仕事ができたらいいなって思って仕事も探してた」
「いやぁ なかなか難しいでしょ それ
也映子さん そもそも音大とか 音楽専門じゃないでしょ 
狭き門だよねぇ  というか門は閉ざされてますよ 」

「それ ハローワークでも言われた だからそこ希望欄から外したもん だよね 眞於先生だって勿論そうだし 庄野さんだって 音楽のことも熟知した上で 教室の受付をやってるんだよね」
「専門で勉強してきても 全然違う仕事やっている人だって いくらでもいるんですよ」

理人だって 今勉強していることが 就職に繋がるかどうかなんてわからないと思っている
也映子はそもそも 寿退社した会社を選んだのは 大学の専攻と関連しているのだろうか そんな話までは聞いたことがない
✂️
「はーちゃんはさ あ いとこなんだけどね 
国家試験受かって 美容師になって 原宿で働いて
まだまだ腕をあげたいって時におめでたで・・」
也映子の指先が 全く膨らんでいないお腹をさすった
その指先は細く華奢だった
次の瞬間 その指がジョッキを持ちビールを飲む姿に 理人はフッと笑ってしまった

「しかもはーちゃんの赤ちゃん どうやら双子ちゃんで そんなんじゃ いつ仕事に復帰できるか 自分の長年の夢がそこで終わってしまうのかもって 今にも泣きそうに言うんだよ」
也映子は オーダーした唐揚げの皿をとり 理人の前に置いた 理人は軽く頷いて 唐揚げを口に運んだ

「同じ年なのに はーちゃんは私の未知の世界にいる」
「はぁ?未知?」
「だって 私 婚約だって 破棄されたし 就職も見つかりそうにないし ましてや子どもなんて・・いつになることやら 全く見えないや」
「也映子さん 未知なんて大げさだな」
2個目の唐揚げに手を伸ばし 理人は苦笑した


「幸恵さん 今 自分のことなんて後回しになるくらい大変なんだよね そういうのも未知」
也映子の目が ビールの泡をじっと見ている
泡が液体に包まれて 少しずつ消えていくのを眺めているように見えた

「そりゃあ 端で想像しているよりも もっともっと大変ですよ 肉体的にも 精神的にもね」
「私 それなのに 自分が勝手に コンサートやりましょ なんて ぐいぐい進めちゃって 独りよがりだったんだよね きっと・・・」

やはり そこか 
相当落ち込んでいるんだろうなと理人が気になった通りだった
「私 思い立ったら!っていうところあるから 昔からそれでやらかしちゃうこともあって・・」
也映子が行動的なのは 理人もよくわかっている

理人の恋心をからかったことを詫びに家までやってきた日 思わず「あなた バカですか」
ためらう幸恵さんと自分を 発表会に出ようと誘って呼び出したり
バイト先には 偵察なんていいながら やってくるし
発表会の待ち時間に 「それ取っちゃえば 」と
理人の弦の目印のシールを一緒に剥がしたり

確かに普通はやらないようなことを行動に移すところが也映子にはある それが正直ウザイ所もあるが それで救われることもある
(幸恵さんだって きっと言いすぎたって思ってるよな)

ビールの泡を見る目から 涙は落ちていないが 
也映子らしい笑顔が消えていた
「也映子さん ビール温まっちゃうよ」
理人はもう一度ジョッキを合わせて軽く音をたてた
「あ そうだねって・・ 温まるか!」
ぐいっと飲み干す也映子
自分の恋心を見守って 告白を見届けて
失恋に寄り添ってくれた也映子とずっと一緒にいたかったあの日は
理人自身も深い沼の底に落ちていたのだ
ズブズブの沼底から這い上がれたのは 
この人のおかげなんだよな・・・

ビールを飲み干した也映子は 
「じゃあ 帰ろうか・・」
理人に笑顔でうながした

外は夜風が冷たく 2人ともブルッと体を震わせた
「これからは熱燗だね 今度は日本酒 飲もう
あ!お子ちゃまにはまだ無理かなぁ」
別れ道まで 先ほどとは違う流行りの歌やドラマの話をして 也映子はたくさん笑った

「じゃあね!また来週ね!」
「じゃ!」
手をかざし反対方向に歩き出す
1歩2歩・・・
「也映子さん!」理人は也映子の方を向いて名前を呼んだ
振り返った也映子は何?ときょとんとしている

「也映子さん 変わらなくていいから
也映子さんらしく・・そのままでいいですよ」


上手く言葉にできないが 理人は本心からの言葉をちょっと離れた也映子に飛ばした
「ありがと どちらにしても なかなか自分を変えるってできないけどね」
也映子はコートのポケットに手を入れて 子どものように笑っていた

本当なんだよ 
そのままでいいんだよ・・
背中を向けたあとも 理人はそう繰り返した

也映子は理人の言葉を思い出しながら 
・・・今日はもう遅いから
「明日 幸恵さんにラインしよう」 
顔をあげて家路を急いだのだった

                                 お わ り

お読みいただいて ありがとうございました🙇‍♀️
コロナ収束を願い
早く みんなが安心できる日常が戻りますように