理人がハンドルを握り
也映子が助手席で地図を広げている
 
休日には車で遠出することも増えていた
也映子もご機嫌で地図をめくっている
「T市って オシャレな建物が多いんだよね カフェも行ってみたいとこ たくさんあるしさー」

行き先は北方面
郊外で 特に目的はないが・・・
運転好きな理人なので 天気のよさも相まって気分もよかった
「あ でも途中のアウトレットにちょっと寄って!
欲しい服があるんだ」
也映子が運転する理人の横顔に お願いのボーズ
「OK 俺もちょっと 見たいものあるし アウトレットに1時間くらいは いられるな」

信号待ちで 理人はナビに行き先追加の入力をした
也映子は地図帳で確認した
車にナビは付いているし スマホのアプリが十分役に立つはずだが 2人はこの地図帳を愛用しているのだ

今までに行ったことのある場所に 
日付をメモして付箋を貼る

喧嘩した場所にはドクロマークが書き込まれていた
☠️
理人の勤務先の病院にもドクロマークがあった


それは 3ヶ月ほど前のことだった
仕事に出た理人だったが テーブルの上に書類袋が置かれていた
也映子は そのまま隙間から チラッと中身を見たが
取り出しはしなかった
「今日は取引先に 午後に直行だから 病院に寄っていくか」
也映子は理人の勤務先の病院には 行ったことがなかった
もしこれが不要だったものだとしても 
也映子も理人の職場を見ておきたかったのでちょうどいい
(予定より早めに家を出て 病院に寄って それからどこかでランチしてもいいや タイミングよければ 理人くんと食べられるかな)
頭の中で ざっと計画を建てた

病院行きのバスに乗れば あとは到着を待つだけだ
(理人くん 驚くかな)
理人の驚く顔を見てみたくて LINEもしていない
様子をみて 迷惑がかかりそうなら 袋だけ預けてそのまま帰ってもいいと思っていた 

バスを降りて 正面入口までは数十メートルあった
建物の端に『 リハビリテーション入口』の案内の文字があった
(そうか・・バスを降りた患者さんが 正面まで行かずに
こちらから入れるんだ・・ってことは 理人くん そこから入った部屋にいるかな)

通路側はサンルームのようになっていて 太陽光が差し込むと 冬でも暖房なしでいられるだろうな
サンルームは外から丸見えだが その隣の部屋はさすがに窓にはレースのカーテンが引かれ 外からは見えない
(そこがリハビリ室かな)
也映子は正面入口には行かずに 建物に沿って左に曲がりかけた そのとき・・
「あ 理人くん・・」
声を出しても聞こえなかっただろうが 也映子はサンルームに入ってきた理人を見つけて思わず名前を呼んだ
しかし 次の瞬間 近づくのを躊躇った
理人のすぐ後から もう1人入ってきたのだった

髪の長い女の子 ・・上下ともジャージ姿で特に松葉杖だとか車椅子ではない
(いかにも部活やってます!っていう感じ 若いなぁ)

ただ何気なく見ていた也映子だが さすがにざわっとしてきた
その娘と話をしていた理人だったが だんだん顔を覗きこむようになっていった 元々 身長差があるので 理人が屈むようになっていたのである
その娘が両手で顔を覆って泣き出したようだ
そこで也映子も気づいたが その娘は左手の小指に包帯が巻かれていた
泣き出したその娘を見て 理人はただ黙っていた
取り乱し始めたその娘に 無理に何かを言うよりは
一旦 黙っているようだった
その時ちょっと走りかけたように見えたその娘が
体制を崩した 理人が駆け寄り 支えたので転ばずにすんだが 立ちかけた次の瞬間 その娘が理人の胸に倒れこんだのだった

(え!何?)
也映子だって 子どもではない 街を歩いていて 倒れている人がいれば 也映子だって 理人だって放っておけないし 声をかける
一瞬 体をかすこともあるかもしれない 
そんなことにイチイチ目くじらはたてない
そうは思うが 目の前で起こっている光景に
少なからずもショックを隠せない也映子だった

理人は5秒ほどそのままの体制でいたが 両手を両肩におき  その娘の顔を一瞬見て 自分のタオルを渡した
その娘はタオルに顔を埋めひとしきり泣いて 落ち着いたのか話し始めたようだ
理人も何か 話していて その娘も何度も頷いている

也映子は踵を返し またバス停に戻っていった
何でもないことは わかっている
気にしない方が 絶対にいい
うん それが正解!
也映子はバスの窓から見える病院が
だんだん遠ざかるのを ぼんやりと眺めていた

                                    🚍

也映子は午後の打ち合わせを終え 会社に直帰の連絡を入れ
帰宅すると 理人の書類袋をテーブルの上に元通りに置いた
(今日は ハンバーグだな) 買っておいた挽き肉があるのを覚えていたので あとは野菜も一通りあるから
買い物せずに そのまま帰って来た
着替えをして エプロンをつけて
玉ねぎのみじん切りから取りかかった

無心にみじん切りをしていたら
あの光景が浮かんできた
(あの娘は 何故泣いていたんだろ)
うわっ 玉ねぎ目にしみるわー

「ただいまー!」
理人が帰って来た と同時に 
「也映子さーん 靴 バラバラでしょ 子どもにしつけられないよ」
半分笑いながら 茶化すようにキッチンに近づいてきた理人は 玉ねぎのせいで涙をこぼしている也映子を見て
更に茶化した
「あら 也映子さん 何か悲しいの?」
「悲しくないわい!玉ねぎが目にしみたんですー!」
也映子はほとんど終わっているみじん切りだが
更に包丁を動かした
「なーんだ 俺に会いたくって 泣いてるのかと思った」
理人が也映子の後ろから 腰に手を回した
「うるさい!まず うがい手洗いでしょ!子どもにしつけられないよ!」
顔だけ横に向け 也映子が言い放つと
「おお こわっ」

理人は逃げるように洗面所にかけこんだ
戻ってきた理人は ダイニングの椅子に座り
書類袋を手に中身を取り出した
「あー やっぱり忘れちゃったんだよな 也映子さんにLINEしようかなって思ったけど  ま 仕方ない」
「必要な物だったの?」
「うん でも何とかなった 一応明日は忘れないようにしようっと」
袋を手に 部屋に向かった理人は バッグにしまっておくのだろう
(そうか やっぱり届けてあげるにこしたことはなかったんだ でも 預けてくるっていってもなぁ )
本人も大丈夫って言ってるんだから もう余計なことは言わなくていいか・・・
也映子はフライパンで玉ねぎを炒め始めた
しっかりあめ色にしたいけど 焦がしたら大変
気を付けながら 人参の皮を剥き始めた
するとまた理人がキッチンに駆け込んできた
「也映子さん トイレットペーパー買ったよねぇ」
也映子はハッとした

昨日の朝 取り付けたのが最後のロールで
「いいよ 明日 買い物ついでに 1パック4ロールの臨時に買っておくよ 土曜日に 多めに買いにいこ」
そう言ったのは也映子だったのに 忘れてしまった

「うわぁ どうしよう 明日の朝 足りるかな うーん
ウン だけに心配」
理人は本当に心配なのかもしれないが 呑気だ
その呑気さが スイッチとなった
也映子は 玉ねぎを炒める手を止めずに
背中を向けたまま 口を開いた

「理人くん・・・」
言い始めたら そのまま口から出てしまった
「あんなことって よくあることなの?」
「え?何が?」
也映子は 今日見たことを 一気に話した
「あんな風に慰めてあげるの?」
そんなことあるはずないのはわかってるのに
也映子は 言わずにいられなかった
「患者さんに 必要以上に関わってはいけないし
リハビリ以外で体に触るなんて 絶対に許されないよ」
理人は落ち着いていた
何もやましいことはない
「あの娘 高校生?可愛いね 髪もサラサラ」
「・・高校生だよ バレー部で リベロをしてる でも試合で怪我しちゃって 小指を脱臼して骨折もしちゃったから ギブスはとれたばかりなんだけど固まっちゃってるから リハビリしないと 指が折り曲げられなくなっちゃうんだ」

理人はガスの火を止め 
「也映子さん 座って話そ」
自分も椅子に座り 也映子にも促した

「彼女 ・・マナミさんっていうんだけど 最後の大会にももう間に合わないんだ 治る頃にはもう引退の頃になっちゃう」
「それで悔しくて泣いてたって訳?」
「だって 中学からずっとバレーボールやってきて 大学ではもうやらないから 最後の試合なんだよ 悔しいっていうか 悲しいでしょ』
理人も少し強めの口調になってきていた
「私だって わかるよ マナミさん かわいそうだと思う でも 抱きつくのは違うでしょ」

「抱きついてないよ マナミさん 体制崩して転びそうになったから・・だって 変な風に床に手をついたら 
怪我してるんだよ 危ないでしょ」
「でも 離れなかったじゃない 理人くんだって 
あんなんじゃ 誰が見たって誤解するよ」
「でも 俺 抱き締めたわけじゃないし・・そりゃ 上司に見られたら 気を付けるようにって注意はされるだろうけど どうしようもないことは理解してもらえると思う」
理人は 口調は強めになりながらも 勢いに任せず 落ち着いて也映子に説明した
「そうだよね 私のヤキモチだよね・・・わかりました」

「也映子さん これだけはわかってほしいんだけど
俺 患者さんにも 仕事仲間にも 恋愛感情なんて持ったことないし そんな目で見たことないから 」
也映子は下を向いている 
どうやら 眼鏡のレンズの上に 涙がひとつふたつと 
落ちているようだった

「也映子さん 俺を信じて」
下を向いたままの也映子だが 目の前の理人が
優しい顔をしているのはわかる
わかってるのに どうして口に出してしまったんだろう

あの日 音楽教室のロビーで 
あなたには私の次があるじゃない
まだ21なんだから

そんな不安も 「俺が何とかするから全部」
理人くんの言葉を信じていたのに

信じる気持ちを 一瞬でも自分のヤキモチで
何とかしなかったのは 自分だ

それを悔いて 涙が落ちてきた

「也映子さん もうこんな時間だから すぐそこの ラーメン屋さんいかない?玉ねぎは そのまま明日使えるでしょ お肉も 明日まで大丈夫だったよね」
理人はテーブルに手をついて 也映子の顔を下から覗きこんだ
「也映子さん 眼鏡びしょびしょじゃん 
はい 早く拭いて」
ティッシュとタオルを也映子の前に置いて
理人は 炒めた玉ねぎを容器に入れ 使いかけの野菜をしまった

ラーメン屋さんまで歩いて5分
理人と也映子は手を繋いで歩く 
「あ!コンビニも寄ってこ 
1つだけトイレットペーパー買っておこうよ」
理人は思い出したように提案した

「うん・・・理人くん ・・ごめんね」
也映子が理人を見上げて歩く
理人はフフッと笑って夜空を見上げた

「俺を疑ったのは許さないから 明日の朝までに
也映子さんからのチュー10回で許す!」
握った手を 更にギュッとして理人は口を尖らせた
也映子は1回目のみそぎのために 
少し背伸びするのだった

                    ひまわりつ   づ    くひまわり

昨年 3月に書いたものです
コブクロ 好きなのですが ・・どうなるのかなぁ

コブクロライヴ映像