6時過ぎに目が覚めた。
外はまだ暗かった。


ベットを片す前に食料をザックから取り出しといた。
パンひとつとクッキーだけ食べた。
もう少し眠っていたら7時半頃車掌がやってきて、ベットを片すことになった。
おそらく上のおっちゃんがアピールしたから下段の私も道連れになったのだと思う。

周りを見るとまだベットの席もあった。

特に身支度をすることもなく窓の外を眺めていた。

気付いたら明るくなっていて町の景色に変わった。
停車駅で売り子がやってきて、
タンドリーチキン&ライス40バーツ
抹茶ミルクティー 20バーツ
朝飯に買っておいたパンを食べていたが、マレーシアに着く前にタイの通貨が多く残っていたので使おうと思った。
肉は冷めていたが、袋に入っていたタレはやや温かかった。飯もやや温かかった。
車両の奥まで売りに行き、引き返してきた時に目が合いにっこりしてくれたのが嬉しかった。
味はともかく、そういう表情を見ると買ってよかったなと思った。


それから列車は進み、10時半頃パタンブザールというタイとマレーシアの国境駅に着いた。
乗客は一斉に荷物を持ち、タイ出国ゲートに並んだ。
私は貴重品のみで荷物を車内に置いていった。隣の老夫婦も置いていった。
調べたところ持っていくと荷物検査にあうので置いていってよいという情報を得ていた。
でも周りは皆重いザックを背負っている。
私の前は隣の老夫婦だったので、荷物を持ってくるのでまた来ますと言って急いで荷物を取りにいった。
戻ると、老夫婦から駅員に尋ねたら荷物は置いていっていい と言われらしい。
まぁ周りと同じ行動をしていれば間違いないからな。
カンボジアからタイの国境ではだいぶ待たされたので、列がスイスイ進みあっという間だった。
自分の手前でパスポートにスタンプが押されたらタイを出国したことになるのか‥なんて少し寂しい気持ちになった。
そうこうしているうちに私の番が来た。
少し立ち位置が前過ぎて後ろに下がってと言われただけであっけなく出国。
そのまま通路を歩き、隣がマレーシア入国窓口だ。
マレーシア側は写真に撮ることができなかった。
国境では本来ダメだが、No photo のマークは見当たらなかった気がした。
無事に入国スタンプを押され、荷物をコンベアに乗せ何も言われず通過した。
そして同じ車内に乗り込んだ。


少し時間があったので写真を撮ったり、地図を見ていた。
たしかに、今いる場所はマレーシアの領域の中にある。
だがまだ実感はない。
車内に戻り発車を待った。


列車が進むと道が見えだいぶタイと比べると整っているように見えた。
国旗が風に靡いているのを見て、嗚呼マレーシアなんだなとその時実感がわいた。
トゥクトゥクや屋台などは全くなく希望よりも喪失感の方が勝っていた。
車掌からあと10分というアナウンスがあり荷物を皆まとめだした。
列車のスピードが落ち滑らかになり止まるときはガクンとなる。


ほぼ定刻通り13時にバターワース駅に着いた。
階段を上がる時に韓国人が日本語で私にどこ行きますかと尋ねてきたので、ペナンに行きますと伝えた。
彼らはKLに行くみたいだった。目的が一緒だったら彼らと一緒に窓口まで行っていただろう。
テクシー!テクシー!
と言われたがペナンに行くと言いフェリー乗り場を聞いて案内に沿って歩いた。
料金所の列に並んでからマレーシアのお金を持っていないことに気づいた。
とりあえず自分の番でタイバーツが使用できるか、あるいはその場で両替できるかと思っていた。
結果は両方無理で引き返した。
怖そうな係りの人にタイバーツをリンギットに交換できるか聞いてみた。
いくらかと聞かれ、
400バーツ出すと2リンギットと言われた。
ふざけやがって。
400バーツだと日本円で約1400円
2リンギットだと日本円で約70円程だ。
フェリー代は1.6リンギットだったのでここで両替してフェリーに乗り市内で両替しようか 考えたが、すぐにその考えを取りやめた。
やはり馬鹿げてる。
私はフェリー乗り場近くまで行き、テクシー?と日本語で元気よく話しかけてきたおっちゃんがいて近くに両替できるところはないか尋ねた。
すると、隣の男性が両替してくれるみたいだった。
いくらか聞かれたので、
今度は100バーツだけ出して様子を見た。
そうしたら9リンギットに替えてもらえた。
そのあと残りの300バーツを出し、計36リンギットを手にして再びフェリー乗り場へ。
先ほどのぼったくり係員とは目線を合わさなかったがどや感炸裂で通り過ぎた。


待合室にいるとすぐにフェリーはやってきた。
席などはない。
大きなスペースに皆端に行き海を眺めていた。

あれがペナンか。
なんだかわくわくしてきた。
深夜特急でもこのペナン島に向かうフェリーのシーンはよく覚えていて、今まさにそれと同じシーンにいるのだ。
達成感でもなく、嬉しい気持ちでもなく、なんだかよくわからない気持ちだった。
ただペナンへの憧れがあったのでわくわくしていた。

マレーシアに来て時差が+1時間なので最後に写真を撮った。
香港からベトナムに入国して以来時間調整をした。

20分程でペナンに着いた。

何軒かの売店を通り過ぎ、バス乗り場があって皆吸い込まれるように向かっていた。
私は近くに両替所がないか歩いた。
それにしても暑かった。
汗をかくどころではなく大粒で流れ落ちてくるのだ。
が、歩いてもなかなか見当たらなかった。
また歩くと紙幣のマークが貼ってある場所があったので見てみると両替所だった。
340リンギットと掲示板には出ていたが、一応10000円を出しいくら?と聞いてみた。
少し時間経つとThank you と言われ340リンギットを出してきた。
計算したら1リンギット30円くらいなのでだいぶ予定だと35円と計算していたからよかったが‥
次からは札を提示して聞くことにしようと思った。
頭の中でペナンのだいたいの地形を覚えていたので今更バスよりも歩いていこうと思った。
方向音痴がアクティブに動き回っている。
次は宿を探すためにWi-Fiがある店探し。
レストランやカフェもあまり見当たらずようやく見つかった。
Wi-Fiが使えるか確認をしてからオーダーをした。

チキンの黒胡椒炒め&ティラミスドリンク。
飯はまぁまぁという感じだった。
完食し、近くのホテルが1番安くて街歩きにも都合がいいということなのでここに決めた。
フロントに行きチェックインし、部屋へ。
6人部屋で1人眠っていた。
他のベットは空きだった。
荷物をおろし街歩き用の支度をした。
セキュリティがしっかりしすぎて外に出る方法がわからなかったが、教えてもらってなんとか出ることができた。



17時20分頃だった。
空はまだまだ明るかった。
とりあえずぶらぶら。
中国系の造り、屋台が並び、香港でも嗅いだあの屋台の臭い。あれは油の臭いだろうか。
臭いの元が未だにわからないが道を進み、ショッピングセンターへ。


スタバもあった。
歩いているといきなり、腕にクリームを塗られセールスされた。
必死でセールスするがもちろん買うつもりはないのですぐに振り切った。
とりあえず全ての階の店を見たがどうも面白くなかった。
タイフードの店がありすぐにガパオを探したが見当たらず、ミルクティーでも飲もうかと思ったがとりあえず何もせず外に出た。
本屋にも行った。
日本のガイドブックにどのような紹介がされているのか見てみると、やはり東京だった。
それにしても退屈だった。
再び歩き歩き歩いた。




ペナンはアートの街でもあり街の至る所にアートが存在する。
それを探しながら歩いた。

すると、レッドガーデンという賑やかなところに着いた。
直前にレッドガーデンという屋台街があるという情報を見ていたのでここかと思い中に入った。


おかしな日本語訳だがここまで狂っていると清々しい。
20軒程の屋台から好きな品を選びテーブル番号を伝え席にもってきてくれる。会計も後払いだ。

マレーシアと言ったらサテぐらいしか知らないのでチキンのスパイシーソースを頼んだ。
10本もあり飯に別の店でチャーハンを頼んだ。
サテのソースは辛くチャーハンを食べる。
謎にチャーハンは普通の味にすればいいのに辛い方にした。
すなわち両方辛い。
まあ汗をかきながら完食した。
生演奏もあり、BGM化していた。
皆ステージを見るわけではなく食べ、飲み、話していた。
私もやることがなくなり写真を見返した。
パタヤでの写真を見るとやはりタイが1番落ち着き居心地がいい国だったと改めて思った。
タイとマレーシアのギャップがありすぎて失速気味である。
23時過ぎに宿に戻った。
途中道を迷って地図を見てもわからなかった。
もう面倒になり、適当に歩けば着くだろうと思った。
歩くと逆を行っていて、戻り大通りに行き、見覚えがあるモスクに行き無事に宿に戻った。
部屋では、初めは寝ていたインドネシア人に声をかけられいろいろ話した。
日本の歴史が好きで、行きたいが日本は高いと。
今日は何処を見て回ったのかなど話した。
もう1人ポーランドからのバックパッカーで軽く挨拶をし、話した。
電話をしたり、シャワーを浴びて3時くらいになってようやく就寝。
1日目はペナンをまだ掴めないそんな日であった。