朝、眼が覚めると同時に浮かんできた言葉

ありがとう、私
今日まで死なずに生きてくれてありがとう

滅ぼされる恐怖から宗教を離れられなかった長い間
本心を殺して虚しい気持ちで生きてきた時も
よく耐えてくれたね

誰にも本当の気持ちを話せなくて
宗教の中にも、世の中にも、職場にも
居場所がないように感じて寂しかった時も
じっと我慢して耐えてくれたね


勇気を持って宗教を辞めてくれてありがとう


なのに、私は長い間ずっと私を責めてきたね

あの時どうしてもっと早く宗教を辞めなかったの
大人になってからも洗脳され続けていたのはおかしい
物事を現実的に考える力が欠けている
意気地なし

本心を話して相談できる人もいなかった
ひたすら一人で耐えてきた

あの時、頑張ったから今の私があるのに
ずっと責めて続けてきた

ごめんね

私が頑張ってくれたから
今、こうして生きて幸せを感じられているよ

これからは私が私の味方になるからね
私が感じること、考えることすべてを
そうなんだね、そう思うんだね、そうしたいんだね
ってそのまま受け止めるよ

どんな時も、どんな手段を使ってでも
私が私を守ってあげるよ
もう安心していいよ

一人じゃないからね
死ぬまで私が一緒にいてあげる
だからもう寂しい思いはさせないよ


私は「宗教」との関わり方で失敗してきた自分と
仲直りができたみたいだ


自分の中にもう一人の自分がいることに
最近気付いた

左胸の少し上にいる
何にも考えないで
思ったことをそのまま言う
「子供のような私」

その私が言うことを
これは損か得か
人から見ておかしくないか
矛盾はないかなどと
考えて言動を決めているのが
頭の中にいる「大人の私」

変かもしれないけど、2人の私がいることを知って
嬉しかったし、心強さを感じた。

2人の私のどちらの声を
どの場面でどの位採用するかで
私の人生は変わってくるんだろうな

よくわからないけど
そんな感じ