「エホバの証人」だった頃大会などで

神が奇跡的に助けを差し伸べたと思われる

経験談が取り上げられていました。



伝道するため田舎に引っ越して

お金もなければ支えてくれる仲間もいない状況で

奇跡的に食物が備えられたといった類のものです。



神は信仰を示すものに

助けを差し伸べられるのだと

信じていました。



ところが心屋を知るようになってから

それは神の仕業ではなく

その人の前提が

その状況を引き寄せたのではないかと

思うようになりました。



熱心な信仰に答えて神が食物を備えたのではなく

信仰を持っていれば食物に事欠かないという前提が

食物を引き寄せたのだと思うのです。



「信じる者は救われる」という言葉も

信じる者を実際に神が救われるということではなく

信じれば救われるという前提が

救われる現実を引き寄せる

ということなのかもしれません。


神の介入の結果

物事が動いたのではなく

その人の前提が

物事を動かしたのかもしれません。



「信仰は山をも動かす」 

という言葉が聖書にありますが

「前提は山をも動かす」

の方が当たっているのかもしれません。



なんか面白い気付きです。



私は「信仰」は捨てましたが

それに代わるものとして

「前提」を大切にしてゆきたいと思います。


 
「前提」通りの現実がやって来ます。



だからこれまでの

「世の中の嫌われ者」

「変な宗教の人」

「日陰者」

を改め

これからは


「人気者」


という前提で生きて行きたいと思います。

カウンセリング練習の時に

同期のひろちゃんが気付かせてくれました。


さよはすでに人気者なんだよ。

その証拠も幾つもあるんだよ。

さよが受け取るだけだよ。


慣れないから今は違和感満載ですが

「人気者」の前提で生きていって

本当の「人気者」になろうと思います。


そうやって人の輪の中で

安心してありのままの自分を

出して行けるようになりたいと思います。